akのもろもろの話

大人の漫画読み

漫画/「イサック」作・真刈信二 画・DOUBLE-S

f:id:akirainhope:20200202171146j:plain

(作・真刈信二 画・DOUBLE-S「イサック」既刊7巻)

「イサック」の舞台になってるのは17世紀の神聖ローマ帝国(主に今のドイツ)だ。

三十年戦争と呼ばれるカトリックとプロテスタントの宗教戦争は神聖ローマ帝国以外の国にも波及し、やがてはヨーロッパ中を巻き込む国際戦争へと発展した。

「イサック」では三十年戦争の第一期のボヘミア・プファルツ戦争(1618年~1622年)の1620年に焦点が当てられ描かれている。

 

ドイツ南西部プファルツ選帝候領のフックスブルグ城に今まさにスピノラが率いるスペイン軍が襲い掛かろうとする時、傭兵として現れたたった一人の日本人。

それが主人公のイサックなのだが、もう初登場から衝撃のカッコよさでして。

日本の甲冑のいわゆる胴丸と籠手をつけて腰に日本刀を差し足元はブーツというね。

長い黒髪を後ろで結び、きつい印象を与える一重まぶたの目などいかにも東洋人的顔でビジュアルがいいっ!

まるでタイムスリップして来たかのような奇妙な東洋人に、プファルツ選帝候フリードリヒ五世の弟であるハインリッヒが「オランダから来た援軍なのにどうして一人なんだ?」と聞くと、オランダを出た時は百人いたけどスペイン軍が九千と聞いてみんな逃げたんだよって答えるんである。

傭兵あてにならね~とハインリッヒ苦い顔。

このハインリッヒも刀剣男士みたいな美形で~。

だが、なぜイサックは逃げなかったのかと聞くと、彼は仇を討つために日本から来たのである。

その仇は日本の平戸でスペインと傭兵契約をしてヨーロッパに来ているはずだと言う。

仇を討ちそして奪われたあるものを取り返す。

それがイサックの目的である。

だから傭兵として戦場に連れて来てくれたオランダに恩を返すために自分は戦うと言うのであった。

恩返しなんぞという概念のないガイジンさんたちはコイツナニイッテンノ?という顔になるが。

 

しかし迫りくるヨーロッパ最強スペイン軍の前にハインリッヒたちは絶望的になりながらもこの城を死守しようとしていた。

城攻めの名人スピノラ将軍が率いるテルシオは長槍と小銃で武装した歩兵が主力になり、すげえ統制が取れてて強そうなのでこれはちょっと勝てそうにないのお。ウーム。

神も仏もないよってほどに攻めかけられて落城寸前、今まで後方で戦況を見ていたスピノラが城に向かって進み出したその時、ここからがイサックの見せ場である。

イサックが撃った一発の火縄銃の弾丸がスピノラを撃ち抜いたのである。

ボスがやられたスペイン軍は総崩れとなり退却する。

イサックは銃士だったのである。それもとてつもない。

 

というわけで、17世紀のヨーロッパに一人の日本人が現れすごい火縄銃を持っていてすごい腕前で、という設定がいいのである。

イサックの銃の腕前もいいけど、この銃自体がすごい代物らしくて射程距離の長さにまずみんなが驚き「その銃はどこで誰が作ったんだ?」って聞かれて「日本の堺で俺の親方が作ったんだエヘン」みたいな会話を交わしつつ、こいつ只者じゃネエナからこいつがいれば勝てるカモとみんなの心に希望が灯ってゆくのである。

またご存知のように火縄銃は弾丸と火薬を銃口から挿し込む「前挿式」ですので、一発撃つごとに装填し直さねばならないから連射はできない。

しかしイサックの銃は装填から発射までかなりの短時間で出来るので、撃つ人の熟練度というのもあるだろうがやはり銃自体の性能が凄いのだろう(ここらへんは銃に詳しくないのでサラッと流す)

この火縄銃の造形の見事さや美しさがDOUBLE-Sさんの作画がとても良いので、緻密なまでに洗練されたイサックの射撃シーンが臨場感があって素晴らしいのである。

その他では、人物も美麗だし長槍を持ったテルシオの描写や特に攻防戦の迫力、責める側の獲物を舌舐めずりして見るようなへっへっへみたいな顔や責められる側の恐怖に怯える顔とかリアルでいい。

 

ただ難を言えば、イサックに助けられたゼッタという少女が風が読めるとか言って、こおんな絶望的な戦場を非戦闘員の小娘がウロチョロするのは変だし、怪我を負って銃が撃てないイサックの代わりに「ワタシが撃つ!」とか言いだしてホントに撃っちゃうのはどうなんでしょう。

そんな簡単におまえが撃てるんならオレだって撃てるわ!と思ったし、せっかくの硬派で重厚な世界が安っぽいエンタメに取って代わられるみたいな嫌な感じがするのである。

いや~ヒロインはハインリッヒでいいやろ~(心の声)

 

でもよく考えたらイサックのゼッタに対するいたわりや優しさ、そういう他者への愛が人を強くするという事だってあるかもしれん。

遡る事5年前の1615年、イサックは平戸からバタビアを経由してオランダへ渡った。

日本では大阪夏の陣で大阪城が落城し豊臣氏が滅びた頃、第3巻で明かされる過去ではイサックは高名な堺の鉄砲鍛冶の弟子だったのである。

日本名が猪左久だったのにはちょっと笑ったけど。

彼の旅の非常な困難さは想像に難くないし、言葉も通じない異国で辛い目に遭いながらオランダ語をマスターしたんだろうと思うと、イサックが信念のように口にする「恩返し」という言葉にも深い意味があるような気がするのである。

 

それと、三十年戦争という時代背景が日本人にはマイナーすぎてわかりずらいと思うのだ。

だからこそなのか、歴史上の人物かと思えば架空の人物だったりしてかなり空想で膨らましているのである。

たとえば、ハインリッヒはフリードリッヒ五世の弟だが庶子であり母の身分が低いため宮廷で安んじるよりも戦いに身を置く事を選んだ青年だ。

彼は兄のために命を捨てて戦おうとする可憐さを持っていて、傭兵のイサックを友として遇するようにまでなる。

でもこの人物も架空だし、いきなりスピノラ将軍(こちらは実在の人)が撃たれて死んじゃうのも架空なのである。

真刈信二さんの原作は、昔見た17世紀ヨーロッパを描いた古地図に様々な兵士たちの絵が縁取りされていて、その中に長い火縄銃を持った兵士がいて日本人の銃士と説明がつけられていたという驚きから端を発したという事だ。

あの時代に自分が考えていたよりずっと多くの日本人が海外に渡航していたのだとある。

そう考えると歴史的な旅情のようなものを感じさせるのである。