akのもろもろの話

大人の漫画読み

本/「ルーヴルの猫」松本大洋

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(松本大洋「ルーヴルの猫」上下巻)

パリのルーヴル美術館は世界で最も入場者数の多い美術館で毎年800万人を超える人が訪れる。

2012年には年間来場者数が一千万人を越えそのうち7割は海外からというパリ観光の代表的なスポットだ。

数々の名作だけでなく美術館を擁する大宮殿の荘厳な姿も歴史を感じさせるよね。

その壮麗なルーヴルも夜ともなれば当然静まり返るわけだが、無人と思われる屋根裏部屋に実は猫たちが隠れ住んでいるのである。

 

 

昼間のルーヴルの混雑はスゴイらしいよ。

 

雑踏を押し分けるようにして観覧者を案内していたガイドのセシルは、モナリザを解説している時不思議な猫を見た。

猫などいるはずのない館内で、白い子猫が観覧者に混ざってセシルの話をジッと聞いていたのである。

 

 

なんと言っても人気があるのはダ・ヴィンチのモナリザだ。

 

みんなルーヴルに行ったらこの絵を見なきゃと思ってる。

モナリザは描かれてから既に500年以上も経っているから、厳重に保護ガラスを付けたうえ防弾ガラスに覆われているらしい。

1911年に盗難にあってイタリアへ持ち出された事があり、1962年にアメリカ、1974年に日本と旧ソ連に貸し出された。

しかしもう二度と海外へ貸し出される事はない。

 

不思議な微笑みと顔だよねぇ。

 

 

セシルは内心では他にも作品はいくらでもあるのに、どうして皆この絵ばかり見たがるのかしら?・・・と感じていた。

 

 

夜警のマルセルはちょっと変わり者っぽいじいさんだが、このルーヴルで生まれ育ったような人だ。

彼には子供の頃アリエッタという姉がいたのだが、ある日突然姿を消してしまった。

二人はいつもルーヴルを遊び場にしていて、アリエッタは絵の声が聞こえるのと言っていた。

姉は絵の中にいるのだと言ったが誰も信じてくれず、50年以上の長い月日が流れた。

 

小さい頃、お姉さんが大好きだったんだね。

 

でもアリエッタは変わった子で、幼いうちに成長が止まり小さいままだった。

他の子供たちに馴染めずいつも独りだったが、絵と話している時だけは笑ったのだと言う。

マルセルは子供心に、いつも心がどこか遠くにあるようなアリエッタの身を案じてたのだ。

 

だがいったい絵の中に人が入ったとかイカレタ話を誰が信じるってーの。

 

 

セシルはルーヴルは好きだけど、あまりの人の多さに辟易していた。

マルセルがセシルをお嬢さんと言うと、セシルは「40過ぎてますけど」と返す知的で上品な女性だ。パリのエスプリやね。

彼女はマルセルの話を信じて、アリエッタが暮らしている絵を探そうと言い出す。

それは難しい探し物だ。

なのに、絵を探し始めたセシルは思いがけなく楽しい日々を過ごす。

 

意識的無意識的かは別にして、マルセルと同様に人生で大切なものを失くしてしまったセシルは、自分の居場所を見つけようとしているのかもしれない。

 

 

もしかしてアリエッタは一番好きだった絵の中にいるかも、とセシルは考えた。

マルセルによると、アリエッタが好きだった絵はたくさんの子供たちが行列を作り祭りのような楽しそうな絵だったけど、悲しいような恐ろしいような絵だったって言うのだ。

 

 

それはね、アントワーヌ・カロンの「アモルの葬列」という絵だったのよ。

 

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これはちょっと、よく見るとヘンな絵じゃないですかやだー

アモルとはキューピッドの事なんですけど、ヨーロッパの絵画にはよく登場するお馴染みの有翼幼児ですが、キューピッドたちが月の女神ディアナの神殿に運ぶ葬送のシーンでして、キューピッドの遺体っつーのも初めて見るし、葬列を組むキューピッドたちが妙に楽しそうで、この絵はなんなんだろうな?うーん・・・

 

 

絵の中に入るとか、「ナイト・ミュージアム」みたいに美術品が動き出すとか不可思議な事を考えるのは、きっと人の心が芸術に魅せられるからだよね。

ましてやルーヴルだもの。

 

そしてすべての鍵は例の白い子猫「ゆきのこ」だ。

 

この子はもう生まれて6年もたつのにちっとも大きくならず子猫のままなのだった。

 

猫は人間の前では猫の形態だが、仲間同士でいる時は擬人化されて猫耳のついた人間の姿で描かれる。

大島弓子の「綿の国星」風である。

ゆきのこが、これがまたタートルネックを着た少年の姿でとてもかわいいのね。

でもゆきのこにはいつも寄る辺のない淋しさが漂う。

他の猫たちとは馴染めずに、心はどこか彷徨っている。

それはこの子もまた絵の声を聞き絵の中に入る事ができるからなんだ。

 

今もアリエッタが暮らす絵の中の世界っていうのは、ああもし死後の世界があるのならこんな感じなんじゃないかな?と思うような穏やかで美しい世界だ。

そこでは誰も死なないし、傷つくような悲しい事は起こらないし、優しくて、楽しくて、ずっと終わらない夢みたい。

ゆきのこも、この世界に居場所を見つけられずに、アリエッタのように絵の中で暮らす事を選ぶのかしら。

 

作者が描くルーヴルの建物は定規を使わずフリーハンドで描いてるみたいで、緻密で温かさを感じさせる。

高い場所から見下ろすルーヴルの描写は、昼間は屋根裏に潜む猫の目線だ。

彼らは夜になるとようやく外に出てくるのだが、静寂に包まれた夜のルーヴルの情景も美しく忘れ難い。

猫たちも個性的で活き活きしてていいんだよね。

何度となく読み返したくなる素敵な話なんですよ。