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大人の漫画読み

漫画/「インハンド」04 朱戸アオ

 

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(朱戸アオ「インハンド」4巻)

自然豊かな山あいの村・久地木村へフィールドワークに出た紐倉一行である。

山でトラップを仕掛けて野ねずみを捕らえ寄生虫を調べると言う紐倉は「新種の吸虫を見つけるぞ」とか楽しそうだ。

潤月は民宿の主人に教わりながらキノコを採り、これも楽しそう。

キノコ採りは初心者だけで行かず必ず名人と行け、と言われるように食べられるキノコかどうか見分けるのは素人には至難の業だ。

美味しそうに見えても猛毒だったりして、見た目では判断できない。

有名な毒キノコのベニテングダケカエンタケは確かに赤くて見るからに危険そうだけど、色で毒キノコがわかると言うのは迷信だそうだ。

じゃあどうやって見分けるかと言えば生えてる場所だ。

松やブナ・・・この木にはこのキノコっていうのがだいたい決まっているから、キノコ名人はテリトリーの山に生えるキノコは全部覚えているし知らないキノコは採らないんである。

今回はそんなキノコにまつわる事件を描いた「デメテルの糸」である。

 

以前書いた感想はコチラ

 

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村は折しも40年振りという村長選挙の真っ只中。

田舎だからずっと無投票選挙だったのに、今回は現職の横井に対して村に設立された医療法人「薬師療会」の会長・幸田という男が立ったのである。

幸田はこの自然豊かな村で大地と一体になる事によって、うつやアレルギーやアルコール依存症や群発性頭痛(これは耐え難い痛みらしい)ガンをも癒せると言う。

そんな薬師療会のホームページを見た助手の高家は医師だから「胡散臭っ!」と決めつける。

まあ高家でなくともそう思うよ。

 

 

ところで、冒頭の山で紐倉が見つけたタイワンアリタケ気味悪いのお。

アリからキノコが生えてるんだけど、これは厳密には高級漢方の冬虫夏草とは違う。

漢方の冬虫夏草はチベットに生息するオオコウモリガの幼虫から生えたやつ限定なのだそうだ。

アリタケの菌糸はアリの殻を溶かして体内に侵入し、筋肉を操って上へと登らせ、葉や小枝の下側に噛みついたまま死を迎えさせる。

死んだアリから生えたアリタケは地面に向かって胞子を放出する。

下では何も知らないアリたちがこれを浴びて同じようにゾンビ化するのである。

こえー

 

しかもアシナガヌメリという動物の死体や糞尿から生えるキノコが群生しているのを見つけた一行は死体を発見してしまうのである。

 

 

村では横井が全裸で大笑いしながら村を走り回るというとんでもない騒動が起こっていた。

横井は対立候補の幸田から何かクスリを盛られたに違いないと訴える。

幸田が元薬剤師だったせいだが証拠はどこにもない。

 

この村は過疎化の進んだ限界集落で30年前にリゾート開発が行われたが、今はバブルの遺産のような老朽化したリゾートマンションが建つだけだ

幸田は二束三文で売りに出ていたマンションの部屋を買い取りどんどん信者を住まわせ完全にマンションを牛耳っていた。

例の死体の身元は、反幸田派のマンション管理組合の理事の一人であった。

幸田は村長になる事により村まで乗っ取ろうとしているのであろう。

なんともきな臭い薬師療会だが、村人が言うように悪徳新興宗教なのだろうか。

紐倉は高家を連れ、薬師療会に体験入会し調査を試みるのであった。

 

 

とまあ、天才科学者の紐倉先生は今回は怪しげな療養施設に潜入の巻である。

しかし変わり者で自己チューが過ぎていつも高家を憤慨させている紐倉が、この案件のどこに興味を魅かれたのか。

高家はなんで急に調べる気になったんだろうと訝しむ。ううむ。

この作品はホームズとワトソンみたいな紐倉と高家のやり取りがヒジョーに面白いんで、施設の夕食に出たキノコの味噌汁を自分のと高家のとコッソリすり替えてしまう紐倉とか、案の定、突然大笑いし出して止まなくなり裸になろうとする高家とか、それはオオワライタケの中毒症状なんだけど、オマエ!症状が見たくてわざとオレに食わせただろ!!と怒る高家とか絶妙である。

 

なんだかんだで、幸田は会員に高額でマジック・マッシュルームを売っていた事が判明するし、殺人と麻薬所持で逮捕されるわけだが、幸田が完全な悪人かと言えばそうとも言い切れない気がするのだ。

幸田は精神科病院の門前薬局に勤めていた時、治らないで薬漬けになっていく人たちを見て来たと言う。

現代医療に救われない人はたくさんいる。

イジメでうつになった会社員や群発性頭痛を患った女性とか、家族や会社の人に病気の苦しさを理解してもらえず心ない言葉を浴びせられたりしてね。

傷ついてどうしようもないどこにも行き場のない人たちが幸田のような男にすがってしまうんだよね。

しかも紐倉によるとキノコの幻覚成分のシロシビンにはうつ病や群発頭痛の臨床試験で効果があるという報告も多いそうで、あの患者たちは本当に治った可能性もあるかもしれないのだ。

そう言えば憂うつな顔してたのが快活になってましたな。

 

そんなわけで、マジック・マッシュルームから始まり、人類は大昔から幻覚物質を使用して儀式を行って来たとか、今でも中南米では幻覚物質をシャーマンと共に使用し病気の治療が行われているなど興味深い話はつきない。

そんなんで病気が治るか!?と我々は非科学的だと馬鹿にしがちだけど、医者や薬だけに頼っていても健康にはなれない。

幻覚物質を儀式に利用して治療する事は、人の心になにか啓示的なものを呼び覚ますんではないかな。

紐倉がなくした右腕と共になくした何かも喚起されてしまう場面はうまい。

 

世界一美しい蝶・モルフォ蝶をキーにした「プシュケーの翅」と同時収録で、二話とも余韻のある終わり方で味わいがありますな。