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漫画/「7人のシェイクスピア NON SANZ DROICT」ハロルド作石

史上最高の天才劇作家シェイクスピアの謎に挑む

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(ハロルド作石「7人のシェイクスピアNON SANZ DROICT」既刊13巻)

ウイリアム・シェイクスピアは謎の多い人物だ。

皆さまご存知の「ロミオとジュリエット」「ヴェニスの商人」「ハムレット」などなど時代を超えて愛読される作品は挙げればきりがない。

しかし逆に素晴らしい作品が多すぎて本当に一人の人間が書いたんだろかと疑う説もあるのだ。

その根拠は、シェイクスピアの作品があまりにも多くの言語に精通している事や、医学や法律や宮廷生活など多岐に渡る知識を持っている事で、シェイクスピアは大学も出てない庶民ですから、いつどうやってその知識を身に着けたんだ?!って事らしい。

また、シェイクピア直筆の原稿も見つかってないんだそうだ。

ウーム・・・

そんなわけで囁かれるのが、この作品でも描かれている「シェイクスピア複数人説」だ。

シェイクスピアの著作が実は複数の人間によって書かれたとしたら、つまりシェイクスピア制作集団みたいなヤツね。

面白そうな話でしょう?

シェイクスピアはイギリスのストラトフォード・アポン・エイヴォンという田舎町で生まれ、18才の時に8歳年上のアン・ハサウェイという女性と結婚している(女優のアン・ハサウェイの名前の由来はこの妻からきてるらしい)

が、7年間行方不明となり、ある日すい星のようにロンドンの劇場に現れると、次々と名作を発表し始めた。

いったい7年間何をしてたんじゃあ???

「7人のシェイクスピア NON SANZ DROICT」あらすじ 

1588年、ランス・カーター、ミル、リーの3人はロンドンに到着し、生活拠点を作るため一足早くロンドンに来ていたワース・ヒューズと再会する。

ランスとワースは無二の親友同士。

「富と権力を掴み、自由を支配する」という大いなる野望を抱くランスは、自分たちが望むものが手に入るのは芝居の世界だけだと意気込む。

演劇は当時の最高の娯楽であった。

ランスはイングランド初の本格劇場を持つ「ストレンジ卿一座」に「オデット」の脚本を持ち込むが、田舎者だの時代遅れだのと酷評されてしまう。

自信満々だったのにねえ。

その頃ロンドンでは「ストレンジ卿一座」の最大ライバルである「海軍大臣一座」の作家クリストファー・マーロウによるド派手で残虐な芝居が一大センセーションを巻き起こしていたのだ。

それでもランスはくじけず大小様々な劇団に脚本を持ち込むんだけど残念ながら全滅。

学歴もない自分では、話作りは素人同然だし古今東西の書物には精通してないし学識も音楽の素養もないっつって、能力不足を痛感する。

けれどリーが書く台詞の素晴らしさだけは誰にも負けてないと、詩の女神を信じ真っ直ぐに進もうとしていた。まあそこがいいとこよね。

ある日ランスはケインという少年と知り合い、夫のDVに苦しむ母親アンと共に匿ってやる事にする。

ワースは面白くなかった。

ランスが芝居を書きたいと言うから資金を稼いでロンドンに来たのに、どの劇団にも相手にされず貯えはどんどん減るばかりだ。

4人でもギリギリなのに2人も増えるなんて・・・助けてやる義務なんてないだろ。

そんな不満顔のワースにミルは言う。

慈悲とは無理矢理絞り出すものじゃない。

天から降っておのずと大地を潤す恵みの雨のようなものなんだ。

慈悲は与えるものと受けるものを共に祝福するんだよ。

ミルの言葉はワースに響いた。

ワースもランスも敬虔なカトリック教徒であり、ミルは今は名を捨て隠れ住んでいるが元は司祭である。

このチームはみんな傷を持つ訳あり住人だ。

でもね、みんなの生活を財政面から支援するワースの苦労もわかってあげようよ。

(これだから芸術家つーのは・・・)

ランスは本の行商人トマス・ソープからもたらされる情報から新たな着想を得る。

ミルの学識、リーの詩、ケインは子供ながらに(子供だからこそ)率直な意見が言え、アンは意外にも音楽の才能があった。

まさにチーム・シェイクスピアとして、ランスは「ヴェニスの商人」の脚本を完成させる。

シェイクスピアが生きた時代

それにしても、まだ印刷技術が未発達な時代で本は大変貴重なので、現代の感覚で言うと本一冊が車一台くらいの値段だというからたまげましたな。

シェイクスピアが活躍したのは16世紀末から17世紀初めのイギリス・テュ―ダー朝エリザベス一世の時代で、華々しさもあるが中世から近代へと社会が変動していく時代でもある。

イギリスでは国王のご都合で宗教改革が行われ国民は翻弄された。

作中に登場するプロテスタント(新教徒)のカトリック(旧教徒)への弾圧と言ったら、そりゃあもう酷いもんでしてね。

見つかれば捕まり苛酷な拷問を受けたうえで死罪にされる。

なんて血なまぐさい恐ろしい世の中なんだ。

それにイギリスの宿痾のような階級社会が幅を利かせ人々は分断されている。

こうした中にあって演劇は大流行し、当時の劇場や役者や観客や舞台の様子などが実に生き生きと描写されている。

芝居好きのエリザベス女王がお忍びで見に来たりもする。

時代背景と共に、この時代に生きた人たちがどんなものを食べどんな服を着てどんな暮らしをしてたのか、衣食住がキチンと調べられ細かい所まで丁寧に描かれているのも秀逸だ。

また、キャラクターの造形も魅力的で特にリーがよいデスナー。

彼女の類稀なる詩才がこのチームの要で「きれいは汚い。汚いはきれい」など有名なシェイクスピアの一節はリーが紡いでいる。

しかしながらどうして彼女にこのような美しい詩が書けるのだろうか。

それは話すと長くなっちゃうから、この作品に先駆けて2009年から連載された「7人のシェイクスピア」(単行本全6巻・新装版全3巻)を読んでみてくださいな。

別に読まんでもいいけど、まあ読めば理解が深まります。

1巻ではリーの壮絶な過去が描かれていて、何ゆえ彼女が人知を超えた詩の女神となったかを知る事ができる。

後にウィリアム・シェイクスピアとなるランスがワースと出会い、二人の身に何が起こったのかも描かれている。

ランスとワースのホモソーシャルな関係性も良いですし、でもなんつーか、ワースやリーやミルが非常に魅力的な人物なのに比して、主人公であるランスがちょっと物足りないような気がするんだけど気のせいかしら。