akのもろもろの話

大人の漫画読み

漫画/「おやすみカラスまた来てね。」いくえみ綾

すすきのの素敵なバーのマスターになったのに、なんか不甲斐ない青年の恋と仕事の物語

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(いくえみ綾「おやすみカラスまた来てね。」既刊6巻)

十川善十(そがわぜんじゅう)は24才無職。

パブのバーテンダーがあまりの激務で辞めてから、店の客だった紅ちゃんこと古賀紅央のヒモ同然な彼氏となり同棲していたが、30歳を目前にした彼女から捨てられてしまう。

「あたしは働かない奴は男として認めない!」「あたし今年30なんだわ。遊んではいられないんだわ」(なかなかの名言)と愛想をつかされたのだ。

男前な紅ちゃんの愛に胡坐をかいてた愚かさに情けなく泣きながらすすきのの酒場を彷徨う善十は、ある店に入った。

そこは地下の薄暗いバーなんだけど、扉を開けた瞬間にフワッと鳥の羽が舞い降りたような・・・気がしたんだけどすぐに消えて、カウンターの向こうには白髪のシブいマスターが一人。

善十はとてもうまい酒(しかも高い)を一杯だけ飲む。

そうして、あまりの店の心地よさに思わずここで働きたいと言ってしまう。

するとマスターは、履歴書を持って明日の5時にいらっしゃい、と言ってくれたのである。

だが翌日行ってみればマスターはおらず、マスターの娘・九重一葉から既に彼は亡くなっていて今日は初七日だと聞かされる。

いやいや昨日ここで会ったし飲んだしお金も払ったし嘘じゃないしー

善十の話を聞いた一葉は不思議な縁を感じ、父が残した店を継ぐように提案するのだった。

 

ま、そんなわけで、ちょっぴりファンタジックなエピソードから物語は始まって、ヒモ彼氏から一転して棚からぼた餅だよね。

善十は労せずして、札幌の歓楽街すすきののオーセンティックなバーの店主に収まったのである。

これがまた趣のあるいい店でしてね、こんな店で飲みたいもんですなー

しかし彼は老けて見えるけどまだ若い。

しかもバーテンダーとしての経験があるっつっても、こんな格式高いバーでは完全アウェイであった。

古くからの常連客は離れて行くし、同業者からはなぜおまえのような者がこの店を継いだんじゃと厳しい目で見られる。

胃がいてえ。

しっかり者の一葉がバーテンダーとして善十をサポートしてはくれるけど、そもそも前のパブではバーテンダーというよりも安いホストみたいなもんだったんだと、地団駄を踏んで言い訳する善十。子供みたいで笑える。

でも一葉には言いづらくて言葉を飲み込む。

この女の子がまた純真というかチョイ変わっていて、善十がどんな人かも知らないで店を任せるとかおかしな話なんだけど、父が二人を引き合わせたと思い込んじゃってるんだよね。

彼女は強度のファザコンなんで父が天塩にかけた大事な店を手放すのは忍びなくて、そんな時に父に会ったという青年の話が偶然にしては出来過ぎていたから。

とは言え、こんなに信じちゃって大丈夫なの?って善十自身さえ危惧しちゃうんだけど、この後もなぜかマスターは善十の前にだけ時折姿を見せるのだ。

それはなぜかしら。

未熟だけど私心がないのがいいのかな。

見た目はチャラ男だけど、新米マスターとしてオタオタしてる姿は素直で誠実で面白くて憎めない。

ただなんか不甲斐ないんだよね。

もっと真摯に仕事に打ち込むとか女を命がけで愛するとかさ、人生に対してそういう力強さや一生懸命さが見えないし、なんとなく流されるままに生きてるように見えちゃう。

君はいったいゆるゆると何をめざしてるんだねって聞きたくなっちゃう。

いやーいるよネこういう人。

 

仕事以上に恋も不甲斐ないと思うな。

紅ちゃんだけが心の支えみたいだったくせに、彼女に未練を残しながらも、店に出入りする生花店の娘・美温の可愛さに惹かれてしまう。

まあ若いんだから仕方ないけど、彼女が実はあざとい事を同じ女性は見抜いてるのに、善十は外見の可愛さしか見えず天使のようだと賛美しまくり。

グダグダでくだらねぇわ。

と思ってると、やっと美温の裏の顔に気づきそれでも関係を壊さなかったのに、結局元カレとよりを戻してふられてしまう。

また、紅ちゃんが取引先の既婚男性と不倫しているのではないかと聞くと、真偽も確かめずに非難したり。

紅ちゃんだってまだ善十に未練があるから、店に顔を見せるのに、気配りしてるようで女性の微妙な心情にはちっとも気づかないのだ。

やれやれ、若いってこんなんかしらね。

優しいようでいて、彼女たちが何を求めどうしてほしいと思ってるのか、その気持ちが全然わかってない。

この作品は善十の目線で進行してくんだけど、女性のありのままの情感の描き方がほんとうまいんですよ。

いじらしいほど。

いくえみ男子もいいけどいくえみ女子もよいじゃないの。

一葉と美温と紅ちゃんの他に同業者でバーを経営する凛とした女性・長窪さんに憧れたりと、善十の周りは女性が取り囲んでいてモテるのは人品にかわいげがあるからだろね。

だから酒に精通してるとか客に合わせてカクテルを作ってみせるとかうんちくをたれるとかバーテンダーの技術やスキルを見せるとかそういう漫画ではないです。

店に来た客とのまったりしたコミュニケーションとか、善十は優しくて面白いから客は酒ではなく彼や一葉に会うために通ってくるんだろう。

人と人との縁を感じます。

善十の恋模様とかバーに出入りする人々のけっこう複雑な人間模様とかがテンポよく描かれていて、重苦しさもないんで、家で飲みながら読みましょう。

 

6巻まで出ています