akのもろもろの話

大人の漫画読み

漫画/「モリノアサガオ」郷田マモラ 死刑制度はなぜ日本で支持されるのか

この作品は2004年~2007年まで漫画アクションで連載されてたのですが、日本の死刑制度がテーマとなっています。

ハッキリ言ってあたくし、こういう社会派ムードが漂う漫画作品は好まないので敬遠してたのですが、なんとなく読んでみたらこれはこれでいい作品でした。

ううむ、しかしヘビーな漫画ですよこれは。

死刑確定囚、刑務官、被害者家族、死刑囚の家族、それぞれの立場の苦悩や葛藤がリアルに描かれていまして、非常に重い話でキツイっす。

内容が内容ですので、登場人物たちが涙を流すシーンがすこぶる多く、読んでるコッチももらい泣きしちゃうというね。読後はなんかもう疲労困憊いたしました。

平成19年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞受賞。2010年にドラマ化もされてますね。

 

さて、主人公は大学を出たばかりの新人刑務官及川直樹

いきなり大阪なにわ拘置所死刑囚舎房に配属されましてね、元所長だった父親のコネだとかボンボンだとか影口を叩かれるし、この子に務まるかと親も心配するような、苦労知らずで心優しい青年なのです。

なにしろそこにいる死刑確定囚21名は全員殺人犯なんですわ。

被害者への弔いの気持ちから仏の貼り絵を作る者、被害者遺族に謝罪の手紙を書き続ける者、自分の罪を反省するどころか自慢したり遺族を侮辱する態度の者、減刑を求めて再審請求する者、気に入らない事があると畳の上で脱糞したり、自分が欲しい物を看守が当てるまで断食して困らせる者、精神疾患を装い奇行を繰り返す者、等々。

そんな彼らと接するうちに及川死刑制度について考えるようになります。

そうしてこの物語のもう一人の主人公である、及川と同年齢の死刑囚・渡瀬満との関係を育んでいく・・・とまあこんなあらすじでございます。

 

まず真っ先に感じたのは死刑に携わる刑務官のつらさでした。

粛々と職務につきながら彼らの価値観は様々で「復讐の連鎖を断ち切るためには死刑は必要だ」という賛成派もいれば、執行に立ち会い「自分は殺人の片棒を担いでしまった」とショックを受けて休職してしまう刑務官もいるし、もっと重症な、心を病んでしまった元刑務官も登場します。

懲役囚は刑務所の厳しい生活の中で毎日罰を受けているのだが、死刑確定囚は処刑されて初めて刑を受けたことになる。だから確定囚は絞首刑以外の方法で死なせてはならぬと「刑務官の仕事は気持ちよく死んでもらうためのサービス業みたいなものだ」と自虐的な刑務官もいるのです。

また、悔い改めた人間を処刑する必要があるのか懐疑的刑務官もいます。

及川は先輩たちの言葉に耳を傾けながら、かけがえのない命を奪われた被害者の事を思えば死刑は必要なのだと考えたり、でも本当に必要なのだろうか?と、常に迷い悩み続けます。

 

ある者は死刑があったから自分は罪と向き合えたのだ、「もし死刑がなければ殺人鬼のまま地獄に落ちていたと思います」と遺書を残し、ある者は恐怖で悲鳴を上げ看守らに取り押さえられて執行され最後まで反省も謝罪の言葉もなかった者もいます。

死刑執行は必ず午前中に行われ、本人にも家族にもなんの予告もなく、いきなり殺してしまう執行のやり方には驚きました。

刑が確定して送られて来た順番ではなくランダムなので、受刑者たちは朝の廊下を行く靴音に怯えます。

 

いやあもう、絞首刑の場面がこわいっ。

絞首刑を執行するボタンは全部で5つありまして、選ばれた刑務官5人で一斉にボタンを押してましたね。それで心の重荷が五分の一になりますかね。

震えて階段を登れないのを刑務官が励ましながら登らせる場面とか、後ろ手に手錠をかけられ両足を縛られる場面とか、床が落ちてブラブラと揺れる場面とか、胸が苦しくなりました。

あと郷田さんの作画は好き嫌いが分れるとは思いますが、絞首刑の様子はそうとう怖いんで、あの絵でよかったと思いましたね。

 

世界では死刑を廃止する国が多い中で、日本人はいまだに死刑制度を望む人が多く世論調査では国民の8割が賛成だといいます。

しかし作者が、死刑囚を朝咲いて昼にはしぼんで死んでしまうアサガオに、拘置所を中で何をしてるかわからない得体の知れない森に例えたように、死刑の詳細は徹底的に伏せられていて我々は実態を知らずにいるのに、こんなんで死刑の是非を判断できるのか疑問に思います。

この作品は実際に刑の執行に携わる刑務官たちの葛藤や、死刑囚との出会いの中で彼らにもかけがえのない人生があることなどを通して、死刑制度の問題を厳しく指摘しています。

特に「冤罪」の問題は国家が犯す最も重大な犯罪であり、「冤罪」ではないかと疑問を持ちながら執行した刑務官の苦悩や、死刑確定囚の中にも「冤罪」疑いの人がこんなにもいるのかと恐ろしくなりました。

 

及川は正義感が強く純粋で、死刑囚を一人の人間としてとらえ、ひたむきにわかろうと努力します。

執行されるときは反省していてほしい

そうすれば本人も救われる気がするから

そんな思いで及川死刑囚の人生にまで踏み込んで、自分の過ちを悔悟させようとするようになるんですが、チョットやりすぎじゃないですかね?不遜ではないかと感じました。

まあいつ死刑が執行されるかわからんから一生懸命なのは認めるが。

及川死刑と向き合い罪を反省した囚人は天国に行けるが、最後まで自分の罪を認めず身勝手な自己弁護に終始した囚人は地獄に落ちるという信念を見出して行動するのですが、思い込みの激しさに引きましたね。

それに彼は死刑制度に賛なのか否なのか、ずっと心が揺れていて明確な結論が出せないし、強く死刑廃止を訴える人間が登場しなかったのは残念な気がします。

 

それにしてもラストで及川渡瀬再審請求を諦めるように言ったのはなぜなんですかね。

死刑無期懲役の間には大きな差があります。渡瀬が裁判で弁護士に復讐するため偽証したことを認めたうえで再審を願うのであれば、彼にはその権利があるはずだし、一刑務官である及川が自分の価値観で渡瀬に死刑になれと言う展開はなんか釈然としません。

結果として二人の尊い命を奪ったんだから死刑を受け入れて反省しろと言うのは傲慢だと思いましたよ。

あと刑務官というのはあんなに気軽に独房に入り込んで話したり泣いたり君が好きだと言ったり(BLではない)手製の野球盤で遊んだりするものなのかい。

とは言え、あたしは死刑制度についてこれまで深く考えたことは一度もないんですが、及川と一緒で賛成なのか反対なのかそれすらもわからないのですが、この作品を読んで考え始めるきっかけにはなったと思います。

と、なんか小学生の読書感想文みたいな終わり方。