akのもろもろの話

大人の漫画読み

漫画/「劇光仮面」山口貴由 感想

大学時代「特美研」という特撮愛好サークルに所属していた男。

かつての仲間の訃報を受け、自分が死んだら自分のスーツを皆の手で裁断してほしいという遺言にメンバーは再会する。

特撮にのめり込むあまり危険で実用性の高いヒーロースーツ「劇光服」を制作した「特美研」の若者たちの物語。

(山口貴由「劇光仮面」既刊2巻)

鏡に映る孤独な男の裸体はひどく痩せてあばら骨も浮き出るほどです。

生気もない希望も持たない創造する手も誰かと結ばれる本能に突き動かされることもない、ないないずくしの実相寺二矢(じっそうじおとや)29才、胸には空洞があるだけです。

ほとんど他者との会話のないアルバイト(模型製作とヌードモデル)で暮らす実相寺は、その日出会う人との会話をあらかじめ練習しておくわけです。ひさしぶりだな中野5年振りか・・・家まで15分歩くけどタクシーとか呼ばなくていいよね・・ブツブツブツ・・

その日実相寺が外出したのは大学のサークル仲間・切通(きりとおし)アキノリの葬儀に赴くためでありまして、切通は特美研(特撮美術研究会)なるサークルの主催者でしたが、何故切通が29才の若さで亡くなったのかその理由はいまだに明かされません。

さて特撮美術とは、実在しないものを実物に見せる撮影技術が「特撮」でして、そのために使用する造形物(ヒーローのスーツや破壊される町のミニチュアなど)が「特撮美術」通称「特美」であります。

切通の葬儀で集まったかつての仲間たち。そのひとり中野は「本当にやるつもりか?劇光(げきこう)」と実相寺に問いかけるも、他人と目を合わさず話す習性の実相寺の暗い目は「切通の遺言だからな」といやおうなしです。

中野は神奈川県警、芹沢は東大のポスドク、真理は大手玩具会社テカラトミーに勤務しそろそろ結婚を考えていますから、30才を目前にした彼らのキャリアが「劇光」のような物騒なコスを今さら出来るかと拒絶したい風アリアリです。ってか劇光って何?

意味不明なまま話は大学時代に遡り、有象無象の特撮ファンの中で切通率いる特美研の6人こそが異彩を放つ特撮愛好家だったことがわかります。

まだ獣が人間よりも強かった太古の昔、我らの祖先は洞窟の中から夜空を眺め星と星とをつないで神々や怪物の姿を創造しその姿を共有しました。

特美造形はその行為を受け継ぐ営み、つまりあり得ない姿の造形物はその時代の人々の畏れや祈りが形になったもの。いわく特美とは星をつなぐ者たちによる視覚化された物語なのです。

ええと、ついて来てますかー!?

諸姉諸兄がついてこれなくてもこの物語は進むのでありまして、その時切通が着ていた「シャゴラス」なる怪人の造形に物事の本質を見る実相寺の暗い目は憎悪の感情を見いだします。

いったい子供が対象の特撮ドラマで怪人スーツに憎しみが込められているとはどゆこと?

切通と実相寺はシャゴラスを造形した狭山章の元を訪れ、シャゴラスに込められた意外な事実を知ります。

狭山はかつて第二次世界大戦末期の特攻兵器・人間機雷「伏龍」の隊員でした。

 

(Wikipediaより)

伏龍は潜水具を着用した隊員が浅い海底に立って待ち構え、機雷のついた棒で敵の舟艇に接触させ爆破するという特攻作戦です。

長時間の水中活動のために呼気に含まれる二酸化炭素を苛性ソーダを利用した清浄缶で除去し再び吸入する作りとなっていますが、ブリキ製の清浄缶はお粗末なシロモノで穴があいて海水が侵入すると中の苛性ソーダが沸騰し潜水兜に噴出するという重大な欠陥がありました。

訓練だけで多数の死者を出しましたが、戦争末期でそもそも乗る飛行機がなくなった予科練の余剰人員を活用するために考案されたのです。おのれ!子供に何やらせとんじゃい!!!

下水道に潜み地上のビルに一撃を食らわす改造兵士「シャゴラス」の姿に狭山は伏龍を重ねていました。悲し。

その心情が痛いほど胸に刺さる切通でしたが、常識人の彼と違い心をどこかに置いてきた実相寺は「伏龍は美しい」などとイカレ言動で切通に殴られます。

しかし殴られてもまるで平常心の実相寺に「人間機雷に選抜されるのはきみのようなタイプだな」と狭山から容認されるのです。

さて戦争の傷跡はまだ続きまして、敗戦後の焼野原の日本では進駐軍の無法に立ち向かう者が現れました。

飛行帽の下に弥勒菩薩の面をつけ背には人間機雷の命・圧縮空気瓶。水際特攻作戦の格納庫を作るため日夜洞窟を掘り続けた少年兵の魂・エンピを持った劇光仮面の登場です。

劇しい(はげしい)光と書いて劇光仮面。

中の人は狭山章と同様の伏龍生き残りであり、敗戦後の日本に馴染めず心が空っぽになってしまい自決用の青酸カリを入れたお守りを肌身離さなかったという正義の味方。

このエピソードに激しく魅かれた実相寺は、これから制作する特美研のヒーロースーツは実用性すなわち戦える仕様にしたいと提案し可決されるのです。

 

 

特撮漫画とか言われてもにわかに信じがたいところです。

意味がよく飲み込めないのでもう一度読み返しましたが、大変面白くはあるのです。

そうして特撮を押し出しては来てるものの、この作者が描きたいものあるいは作家性は不変のクセの強さです。

空虚な心を持つ孤独な男にチラリチラリ狂気をはらむ予感がするわけです。