1936年(昭和11年)2月26日、日本を揺るがす未曽有のクーデター未遂事件「二・二六事件」が勃発しました。
陸軍の「皇道派」に属する青年将校22人が約1500人の部隊を率いて武力蜂起したのです。
二・二六事件の背景にあったのは陸軍内の統制派と皇道派の派閥抗争でした。
イヤだイヤだ。軍人のくだらない勢力争い。
事件の前は統制派有利の状況でして、統制派は陸軍中枢の高官が中心で陸大卒のエリートなんですね。
皇道派の人は陸大出身者はほとんどいません。
当時の日本は世界恐慌による深刻な不景気で都市部では失業者があふれ地方の農村では娘を売る家も出るほどの窮状でした。
兵隊は貧しい農村や漁村出身者が多いですから、実際に連隊にいて部下と接する青年将校たちは、もう日本の窮状を救うには天皇をかつぎ軍が政治をやらないとダメだと本気で考えていたのです。
昭和10年8月の皇道派の相沢三郎中佐が統制派の永田鉄山少将を白昼惨殺した事件を契機として(もう統制派への憎悪がスゴイ)青年将校たちの胸には相沢に続けという思いが沸き上がります。
統制派の中央エリートたちは農村の真の窮状がわかってない!
統制派に国家改造などできるわけない!
俺たちがやるんだ!という純真な心情です。
でもね、確証がない話ですが、皇道派の上の人たちはそんな純粋じゃなかったみたい。
青年将校たちがクーデターを起こし統制派有利の現状をひっくり返せば権力を握れると考えた黒幕がいるんじゃないかしらね?
2月26日早朝、決起部隊が占拠する陸相官邸に到着した皇道派の真崎甚三郎陸軍大将はこう言ったといいます。
まあそんな陰謀説が出てもしゃーないほどに嬉しそうですな。
胸には勲一等旭日大綬章をつけていたといいます。(天皇に会う気満々)
青年将校たちが襲撃したのは「君側の奸」と呼ぶ天皇の側近の宮中グループです。
彼らが掲げた「昭和維新」は「君側の奸」を暗殺し皇居を占拠して真崎を首班とする暫定内閣を作り天皇中心の国家に改造するという目論見でした。
真崎は川島義之陸相に「すぐに参内して陛下に強力内閣の組閣を上奏せよ」と主張。
決起部隊は「我々の決起趣意書を陛下に伝えてほしい」と依頼します。
話は変わりますが、2月27日午前0時22分に弘前駅から昭和天皇の弟宮・秩父宮が東京へ向かっています。
もちろん表向きは兄を助けるための上京ですが、決起部隊に肩入れしていた(これまた確証のない話ですが)などという説があり、作中では二・二六事件には秩父宮が絡んでいるのではないか?などと思わせるような描写が度々登場します。
実際、陸軍軍人でもある秩父宮は青年将校たちにシンパシーを感じていたようで、特に事件の首謀者の一人である安藤輝三大尉との親交は怪しいっ!
この作品は名言を避け印象的な場面を描くことで読み手に想像させる手法がとられています。
安藤大尉は秩父宮に何かを期待していて、結果的に秩父宮は動きませんでしたが非常にもどかしさを感じました。
天皇も何か気づいてる様子でしきりに秩父宮の動向を気にしています。
さて2月26日の午後になり、決起部隊に対し陸軍大臣告示が出されます。
決起の趣旨は天皇陛下の耳に入った。
この行動は日本の国体を守るための思いに基づくものと認める。
という趣旨のものが皇道派の山下奉文少将によって読み上げられましたが、クーデターを容認しているようでいて、そこはかとなく意図が不明瞭なのです。
「自分たちは天皇陛下のために立ち上がった。陛下はそれをわかってくれたのか?」と青年将校たちは荒ぶるんですが、なんのことはない軍のお偉いさんは穏便に事態を収拾したかったのです。
なぜならば、天皇の意志は青年将校たちの思う方向とは全く違うものだったからです。
天皇は軍服姿なんで、これは大元帥として軍の反乱に対処しているわけです。
もう天皇は最初から速やかに鎮圧せよとしか言ってません。
この時点でクーデターは失敗なんですよね。
それに天皇にすれば長年信頼してきた重臣たちをKILLされたわけでしょ。
瀕死の重傷の鈴木侍従長の妻のたかさんは天皇の乳母だった人で母親同然ですし。
なにもそこまですることなかったわよね。
それを陛下のためにやっただとか、陛下はよくやったと褒めてくれるとか、なぜにそんな妄想に至るのか?
実は二・二六事件は単に青年将校たちが決起した事件ではなく真崎大将や荒木元陸相らの皇道派の将軍が彼らを煽ったと言われています。
真崎は「お前たちの気持ちはよぉーくわかってるぞ」などと言っときながら、天皇が断固鎮圧を命ずると態度を一変させてしまいます。
そのせいなのか、首相官邸はじめ赤坂や永田町一帯は占拠されたまま、いつになっても鎮圧に向けての積極的な動きはありません。
なんだかわけのわからない状況のまま激動の2月26日は暮れます。
で翌日になり、青年将校たちを庇う本庄繁侍従武官長(この人も皇道派の大物ですが)に天皇は檄おこでして。
もうね「自ら近衛師団を率いて鎮圧する」と言い出すんで、本庄侍従武官長は恐れ入るしかありませんでしたよ。
天皇の鎮圧の意志が固い事を知り参謀本部作戦部長の石原莞爾らも動き始めます。
この人は今でも人気があってちょっと不思議な人物ですね。
ようやく2月28日午前5時、「反乱部隊はただちに原隊へ戻れ!」という奉勅命令が出るのです。
つまり決起部隊は依然として占拠を続けるなら逆賊になってしまうわけです。
なんだかなぁ、青年将校たちは何もわかっていなかったように見えます。
天皇が厳しい態度で臨んだからヨカッタ。
それにしても軍人て怖いわねー。
2月29日午後、投降を促すアドバルーンが上がり有名な「兵に告ぐ」のビラが空からまかれました。
下士官たちにお前たちは上官にだまされてるんだからただちに原隊に復帰せよと呼びかけたのです。
本庄侍従武官長は決起将校らの真情を上奏するなど彼らに同情的な動きもけっこうあったのですが、天皇の強い意志が鎮圧する方向に向かったんですね。
首相も侍従長も内大臣もいない中で自ら対処しなければならず大変だったと思います。
この漫画は昭和の歴史がよくわかり面白いですよー
二・二六事件は不可解でしたが、時代の空気感とか様々な人物の動きがイメージでき、昭和天皇を知ることは昭和を知ることだと改めて思った次第です。
この事件で皇道派は締め出され結局陸軍は統制派が制圧することとなり、軍部の発言力はどんどん強まり政治に介入していくのです。
武力蜂起の怖さにみんな口をつぐむ嫌な時代に突入していくわけです。