akのもろもろの話

大人の漫画読み

芸術新潮8月号「青池保子騒がしき男たちとマンガの冒険」

7月25日発売の「芸術新潮」8月号を表紙に惹かれて買っちゃった。

「エロイカより愛をこめて」の伯爵と少佐。

特集は「青池保子騒がしき男たちとマンガの冒険」。

70年代の大人気作「エロイカより愛をこめて」あるいは80年代の「アルカサル-王城-」を描いた青池保子氏は、今年でデビュー60年だそうだ。

今でも現役だなんてスゴイですわね。

(新潮社「芸術新潮」2023年8月号)

青池保子と言えば、何と言っても「エロイカより愛をこめて」だよね!

「エロイカより愛をこめて」(ビバプリンセス/76年)は、同時代に活躍した、たとえば萩尾望都や竹宮恵子などのいわゆる美少年が出てくる漫画とは一線を画していて、少女漫画に分類されてるけど少女漫画なのか。

ゴージャスなブロンド巻き毛のグローリア伯爵は、ゲイであり薔薇も似合うけれど、絵を見ればわかるように体は筋肉質であごもガッシリ。

一方のクールな黒髪のエーベルバッハ少佐は、ドイツ軍人なので無骨なスーツ姿(または軍服姿ばっか)の堅物でしてね、戦車を愛す。

2人とも華奢でもなければ少年でもないし、70年代の少女漫画はたくさんの素晴らしい作品が発表された時代だが、その中で異彩を放っていたんじゃないかしらね。

実は伯爵の正体は、美術品のみを狙い世界中の警察を翻弄する怪盗「エロイカ」なのだが、彼の天敵こそがNATOきってのコワモテで「鉄のクラウス」と異名を持つエーベルバッハ少佐だ。

見た目も性格も社会的地位も何もかもが水と油のような2人が丁々発止と渡り合う、スパイ・アクション・コメディでございますだよ。

この作品は最初はそれぞれ異なった個性を持つエスパー3人組にエロイカが絡むラブコメとして始まったのだが、エーベルバッハ少佐が登場して人気を得たことにより主役が交代。

内容も劇的に変化して、東西冷戦時代(1947~1991)のヨーロッパを舞台に少佐が活躍するスパイものへと変貌した。

NATOとKGBとの情報争奪戦や、ふたつの勢力の間で美術品の窃盗を働く伯爵が、いつも争いに巻き込まれるのがパターン。

また、かっこいい少佐と伯爵の脇を固める、個性的なおじさん達も魅力なのだ。

決して己の主義を曲げない2人は互いを天敵と言いながら、なぜか顔を合わせれば共に事件に巻き込まれ、伯爵は美を、少佐は世界の規律を、時に命がけで守り、その姿勢を認め合い奇妙な友情が生まれたりもする。

だがしょせんは敵と味方だから決して馴れ合うことはないし、変にベタベタしないドライさがまた良いのである。

しかしながら、1989年のベルリンの壁崩壊の前年に、連載は一時中断した。

東西ドイツの統一やソ連の崩壊で冷戦が終結するなど、世界情勢の大きな変化で、単純な「西側対東側」の対立を基本にする物語が構成できなくなったからと言われている。

1995年になってから、冷戦終結後の世界を描く新たな連作が始まったが、現在は休止中だ。

時代の変遷で今はちょっとNATOとか聞くとドキっとしちゃいますもんね。

 

そんな不朽の名作「エロイカより愛をこめて」を、アートの視点から読み解く。

【第1部】エロイカ編

至福の「エロイカ」妄想美術館

 

泥棒貴族エロイカが作中で狙った美術品(名画・彫刻・聖遺物等)をピックアップしながら作品を振り返るのが楽しい。

お宝はたくさんあるが、わかりやすい所でこんなエピソードありますねん。

エロイカと違い少佐は芸術オンチで、ルーベンスの裸婦を「三段腹」とか評するほどでしてね、亡命したイランのパーレビ国王(1919~1980)の隠し財宝の中にあった(という設定の)宝剣を、少佐は芸術オンチゆえ見定められず機密を回収そびれてしまうのだ。

入院中の少佐にエロイカが差し入れるのが「よい子の美術図鑑」だった(笑)

作者の美術にまつわる知識もよく知れるし、必ず笑いを入れてくる所がいいよね。

余談だが、伯爵が盗もうとするのは作者の趣味のものなので、印象派は絶対盗まない(印象派はお嫌いらしい)

 

深読み青池ワールド

左向きのヨハネは何を語る?

シリーズ最長エピソード「聖ヨハネの帰還」は、ビザンティンの至宝と武器の密輸を巡る大活劇だ。

エロイカが狙うのは、ネットの闇オークションサイトで偶然見つけた洗礼者ヨハネのモザイク画。

これがヨハネの位置が通常の「デイシス」と逆だと気づいちゃう。

「デイシス(取りなし)」とはビザンティン美術で広く見られる主題のひとつで、最後の審判の時にキリストを中央に、向かって左(左が高位)にマリアが、右にヨハネが立ってるのが定番。

元ネタになったのは、ヨハネを向って左の位置に置く「逆デイシス」が実際に何点か存在するという話。

 

続きまして、中世3部作を深読み。

【第2部】中世3部作編

円熟の技で紡ぐ、歴史悲劇と捕り物帳

 

残酷王(エル・クルエル)と呼ばれた若者の愛と戦争の一代記

アルカサルー王城ー

14世紀の中世スペインを舞台に、実在のカスティリア王ペドロ一世(ドン・ペドロ)を主人公とする歴史漫画。

ちなみにアルカサルとは、ドン・ペドロが築城した世界遺産「セビリアのアルカサル」の事(めっちゃ素敵な宮殿でっせ)行ってみてえ

 

悩める剣豪修道士と修道院の愉快な仲間たち

修道士ファルコ

「アルカサルー王城ー」のスピンオフ。14世紀後半のドイツのリリエンタール修道院に身を寄せた修道士・ファルコと修道院の仲間たちの物語。

 

目印は赤マント 真面目役人の地道な推理劇

ケルン市警オド

リリエンタール修道院のファルコの仲間で、出家前にケルンで警吏として活躍していた市警時代を描いたスピンオフ作品。

 

王侯貴族、修道院、庶民、という階層が異る視点から中世ヨーロッパを描いたので「中世3部作」である。

 

深読み青池ワールド

青池作品にみる中世モード事情

 

【第3部】創作のヒミツ編

秘蔵のスケッチ拝見

 

ともう読みどころが満載で、青池ワールドを堪能できますです。

ささっと書いてしまったけど伝わりましたでしょうか。