「宮本から君へ」は講談社モーニングにて1990年~1994年にかけて連載
1992年に第38回小学館漫画賞青年一般部門を受賞した
文具メーカーの新入社員で仕事にも恋にも不器用な男・宮本浩が営業マンとして成長していく青春ストーリー
その時代の人に最も嫌われた漫画!?
前回は8月という事もあり佐藤秀峰の「特攻の島」について書いたのだが、今回は新井秀樹の「宮本から君へ」について書くよ。
なにやら同じ匂いがするからね。
この作品が連載されたのはバブル期なのだが、なんでも「その時代の人に最も嫌われた漫画」という珍奇な称号を持ってるらしい。
んな~?
どういうこってすかい?
まずはザックリとしたあらすじを書くよ。
主人公の宮本浩は事務用品メーカー「マルキタ」の営業1年生の新入社員。
営業スマイルも満足に出来ず、仕事も全然面白くないエブリデイだったが、毎朝渋谷駅で見かけるキレイな女性に憧れていまして。
ここらへん、かつてのトレンディドラマを彷彿とさせ、この女性の前髪もトサカみたいに立ち上げてスプレーで固めた風のヤツである。
彼女はトヨタの本社ビルに似よる「トヨサン」の受付嬢でつき合う事になるが、どうも2人には温度差がありまして、この恋はうまく行かねーなーと思ってると、果たして彼女は元カレとよりを戻してしまい破局する。
宮本は真っすぐな青年なのだが、トレンディ女には暑苦しくてダセーわけだ。
恋愛も仕事も失敗ばっかりで自信が持てぬ宮本だったが、マルキタの先輩営業マンの神保が退職するので後を引き継ぐ事になる。
神保は独立を考えるやり手営業マンであり、宮本は彼について営業のノウハウを学んでいく。
すると、今まではまったく無視してた得意先の担当者が自分の名前を覚えてくれたり、話をしてくれるようになったりするのだ。
宮本は初めてこの仕事の手応えを感じる。
いやあ~良かったね。ヨカッタ。
ところが!
この作品は、不器用な男宮本が仕事に恋に悪戦苦闘しながら成長してく物語かと思いきや、全然違ったのだ。
宮本は神保と仕事するようになってから、物すごい営業スタイルを編み出してゆく。
それはいわゆる泥臭い営業スタイルである。
つまり相手が迷惑そうにしてても絶対に帰らないつもりでしつこく押しまくり最後の最後まであきらめない、昭和っぽい営業のやり方。
客のニーズに沿った提案とか情報提供とか相手の利益になることなどやらず、すっぽんのようにつかんだら絶対離さない精神力だけで相手が根負けするのを狙うのである。
宮本と神保は、神保のライバル営業マン益戸の卑怯なやり方で大口の仕事を奪われてしまうのだが、そこでも宮本はあきらめきれない。
もう益戸の会社「コクヨン」に決まったというのに、なおもひっくり返そうと食らいつく。
いやもう営業マンとしてNGなんだよと思うんだが、益戸の挑発に乗って手を出してしまい「おまえは営業失格なんだよ」と言われれば頭を丸めてくし「筋が通らないだろ」と指摘されても「自分を一人前の男にしてください!」などと言い出すわで、人の話は聞かないし思い込みが激し過ぎてコワイ。
弱い立場の下請けに自分の都合で無理矢理仕事を頼み込んだり、相手がどんなに迷惑しても関係なし、TPOも関係ない。
とにかく自分の感情をむき出しにして、気合と根性と行動力で突き進む。
いやだーこんな営業が来たらーΣ( ̄ロ ̄lll)
逆に、敵役の益戸の方がいつも冷静でカッコよく見えちゃうというね。
こんなヤツ、会社にとっては何の利益にもならないのではないか?
とも思うが、まだ義理人情が生きてる時代なのか?はたまた宮本の熱さに浮かされたのか?直属の上司も神保も、次第に宮本に巻き込まれ肩入れするようになっちゃう。
その極めつけは、宮本を嫌う得意先の営業部長に見積書を書いてもらうため、往来で土下座で絶叫しながら追いすがるシーンだろう。
人が見てるのもお構いなしで土下座しながらついて回るのよ。
もうすごいインパクト。
見積を書かせることには成功するんだけど(ってか、書くしかないよね)まあ相手もやなヤツなんだけど、いくら漫画だからって行き過ぎだ。
トレンディドラマ全盛の時代ですから、皆がお洒落でスマートな生活や人に憧れてたと思うのだが、そんなキラキラには唾をひっかけるような漫画なのだ。
全編通して宮本くんは怪我してたり歯がなかったり顔が腫れてたりで「営業なのに?」と首を傾げる。
良くも悪くも描写が暑苦しくて泥臭くて迫力あり過ぎだ。
宮本のガムシャラさは仕事だけにとどまらぬ。
宮本は中野靖子という女性と恋仲になる。
靖子はコンピューター関連会社に勤務する、勝気で気風のいい女だ。
料理なんかもちゃちゃっと手早く美味いものをこしらえる。
けど靖子は女癖の悪いクズ男とつきあっていて、そいつのせいでいつも傷ついていた。
靖子は「この女は俺が守る」という宮本の強い言葉に、彼の胸に飛び込んでしまったのである。
2人は互いの部屋の鍵を持ち行き来するようになり、恋の始まりの楽しさを描いたドキドキ♡ワクワクの場面はとても良き。
けっこう生々しい2人のせっくすも愛し合う喜びに満ちて、リアルな生命力さえ感じられ好きだ。
だがしかし!幸福は束の間で、とてつもない事件がおこってしまう。
靖子が、宮本の取引先の部長の息子の真淵にれいぷされてしまうのだ。
それもAVかよって展開でして、酔っぱらって自分だけ先に寝込んでしまった宮本のすぐ横でれいぷは行われた。
真淵も許せないが、彼氏のくせに全然気づかず泥酔して高いびきで寝てた宮本はもっと許せない。
私の事、守ってくれるんじゃなかったの?
あんたが怒ることは私が許さない!
同情するな!
消えろ!
つって靖子は宮本に絶縁を突きつけるのである。
彼女の悲しみも強さもすげえ美しいんだぜ。ちくしょう
真淵は大学ラグビーの花形選手で化け物でして、腕力じゃはなはだ及ばぬが宮本は復讐を誓う。
すべては靖子への愛があるからこその葛藤なのだろうとは思う。
ただ男目線で描かれたその後の展開は、被害者である靖子の気持ちはまったく置いてけぼりだ。
宮本は自分の親友に靖子がれいぷされたことを打ち明けてしまったり、靖子に「れいぷくらいなんだ!」などと発言したり、誠に遺憾なのである。
最後の決闘シーンは壮絶で相手に勝って詫びを入れさせるのだが「そんなことは頼んでない」ともちろん靖子は怒る。
靖子の心の傷は癒せないし、宮本の自己満足でしかない。
むしろすべてが自分のためだと言い出すから本当に意味がわからなかった。
「宮本から君へ」の「君」とは読者のことですよね。
この漫画は読者に何を訴えかけているのか非常に悩ましいです。
しかし「わざと売れない漫画を描く」みたいな人がいるんですよ。
すごいんです。
読み放題で読めますよ