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大人の漫画読み

漫画/「特攻の島」佐藤秀峰 感想

佐藤秀峰は「海猿」や「ブラックジャックによろしく」などヒューマンな漫画作品で有名な人

「特攻の島」は芳文社「週刊漫画TIMES」にて2004年から2017年まで不定期連載された

太平洋戦争末期の「回天特別攻撃隊」を描いた戦争漫画の傑作よ

(佐藤秀峰「特攻の島」全9巻)

前回は「黒い雨」という戦争映画について書いたんだけど、今回も戦争漫画なんだよね

暗くて気が重くなるかもしれんが、諸兄諸姉よ。

8月くらいは、あの戦争について考えるのも良かろう。

と俺は思ってるんだが、回天特攻隊って知ってる?

ええ、知らないの~?

じゃ、そこはかとなくあらすじを書いとくね。

(作品の舞台になった山口県周南市大津島 Wikipediaより)

1944年9月。

敗戦の前年で戦局が悪化。

福岡海軍航空隊予科練の渡辺裕三と関口政夫は、特殊兵器の搭乗員募集に志願をした。

「一旦搭乗すれば生還を期することはできない兵器」とだけ聞かされ、何も知らされないまま、山口県大津島へ集められ、そこで初めて人間魚雷・回天を知る事になる。

回天は簡単に言うと、超大型魚雷を前後に切り離し中央に操縦席をつけたもの。

外は見えないし、潜航中に自分の位置を確認することはできない。

前進しかできないし小回りもきかない。

真っ暗闇をブレーキのない車で走るような、まあ欠陥だらけのシロモノだった。

空の特攻に憧れていた若者をガッカリさせたという点では、ベニヤ製モーターボートで体当たり攻撃する「震洋」と同じじゃないかしらね。

(回天一型改一 靖国神社遊就館に展示されているもの Wikipediaより)

こわいよね~

「こんなお粗末な物で死にたくない」(わかります)と、回天に疑問を持ってしまった渡辺は迷い出す。

だってこちとら死ぬわけですよ。

命をかけるだけの意味が欲しいじゃん。

彼の生家ときたら父と兄が病気で寝たきりで、母と渡辺で養豚をしてたんだがもう極貧でしてね、みじめな生活から脱却したくて予科練に志願した渡辺。

彼の迷いに答えてくれたのが、回天創案者の1人である仁科中尉でしてね、回天の開発は上層部から命じられたわけではなく、彼が自分で乗るつもりで開発したと聞き、仁科中尉に直接質問をしたり何度も疑問をぶつける。

回天で死ぬ意味を真剣に考える渡辺に、仁科中尉も真摯に向き合ってくれ、議論したり回天開発に共に携わり訓練中の事故で亡くなった黒木大尉の事を話してくれる。

そんなこんなで渡辺の腹も据わり、自分の人生を自分のものにするために、ここで命を燃やそうと考えるのだ。

死ぬ意味を見つけられるのは、生きる意味を見つけられた人間だけだ。

渡辺は別人のようになって訓練に没頭した。

(光基地から出撃する「天武隊」の伊47潜 Wikipediaより)

主人公の渡辺は、自分が何を守りたいのかさえわからない、まだ10代の少年だ。

10月になると回天の特攻が始まり、仁科中尉が「おまえは生きろ」という言葉を残し戦死する。

「米戦艦2隻空母3隻を撃沈」という戦果報告は隠密作戦という性格上公表される事はなかったが、搭乗員たちの士気は高まり「黒木と仁科に続け!」というムードが出来上がってしまう。

12月に渡辺は関口と共に選出され、パラオ島コッソル水道を攻撃するため出撃。

「仁科中尉の後に続く」と心に誓ったが、目的地に向かう途中で母艦が駆逐艦から爆雷攻撃を受ける。

ここで俺は非常にたまげた。

「潜水艦が敵の攻撃を受けた時安全に必要な深度は100mなのに、回天の耐圧深度は80mしかなく、それ以上潜ると回天は壊れてしまう」ってんだよ。

エ~!そんな馬鹿な

さらに!潜水艦の甲板に固定されている回天に搭乗員が乗り込むには、一度海面に浮上しなければならんのだ。

( ̄▽ ̄;)うーん、どうすりゃいいん?

回天が欠陥だらけとは本当なんだな・・・

ただ関口艇のみは艦内の交通筒から搭乗できたんで出撃し、親友は戦死する。

1月に母艦が修理され再び作戦につき「関口の仇をとろう」と闘志を燃やすが、渡辺艇は故障で動かず、中に海水が上がってきて漏れ出したオイルと混ざり悪性のガスが発生し意識不明となってしまう。

渡辺はおめおめと生きて帰ったと非難される。

再度の出撃を願うものの「一度死線を超えた者は二度目はない」と却下され、将校から皆の前で卑怯者呼ばわりされた渡辺は海で自殺未遂をはかる・・・・

 

回天は太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷という特攻兵器なんよ。

回天は一旦走行し始めると停止する事が出来ないうえ、操縦方法が非常に難しく搭乗員の技量によるところが多かった。

体当たりに失敗しても回収される事はなく、脱出装置もついてないから搭乗員は二度と帰ってくることはなかった。

この作品を読むと、回天がどんな兵器だったのか、どんな戦い方をしたのか、搭乗員はどんな風に死と向き合ったのかがよくわかる。

航空特攻をした人たちは、特攻するために飛行機の操縦を覚えたわけじゃないと思うが、回天の場合は最初から自爆するために操縦を覚える。

そういう意味では回天搭乗員は死と向き合う時間が長かったろうと思う。

渡辺は自分に影響を与えた仁科中尉(実在人物・21才没)と親友の関口の死を経験して、自分も早く死にたいと願うようになる。

仁科中尉は覚悟を持った立派な人物だが、彼の心の中も死んだ黒木大尉への敬慕から自らの死を望んでいた。

この繰り返される若者たちの死への熱望は、純粋な若者だからこそ陥りがちな罠にかかってるように思われて釈然としない。

仕掛けたのは上層部の大人たちであり、戦局の悪化から勝機を掴むにはもはや体当たり攻撃しかないという事になり、多くの若者を特攻へ送り出した。

「それは命令ではなく志願者の熱意を受け入れたのだ」という建前になってるが、戦争という異常な状況下で若者たちは操られたようなものだと思う。

彼らは戦争がなければごくフツーの若者だった。

「自分だけおいていかないでくれ」と、熱に浮かされたように死を希求する渡辺に胸がえぐられてしんどいんだぜ。

 

史実を丹念に調べて描かれていて戦闘描写も良き。

回天搭乗員は潜水艦で運んでもらい出撃するのだが、潜水艦の内部や潜水艦戦の描写だとか、敵潜水艦に見つからないよう海底でエンジンを停止してやり過ごす場面などは、艦内温度計が50度くらいに上がって汗がポタポタ落ちたり、深く潜ると水圧で艦内が「ミシッ」「ミシッ」って鳴ったり、ソナー音が「コーン」「コーン」て不気味に響いたりとてもリアル。

こういう中で出撃をじっと待ちながら搭乗員は死と向き合ったのだな。

回天の狭い操縦席も怖いほどリアルでして「七生報国」と書かれた手拭を頭に巻いた渡辺の姿は鬼気迫る。

目だけをギラギラ光らせ幽鬼のような姿だ。

 

彼らは立派な遺書を残した人も多い。

でも心の中では自分はなぜ死なねばならないのかって考えたと思う。

本当の気持ちを書くのは許されないから、せめて国や家族や愛する人を命をかけて守るとそれを心の支えにして、自分の死に意味を見出そうとしていたと思う。

渾身の筆で特攻とはどういうことなのかに迫っている。

とてもいい作品なので、老だけじゃなく若にも読んでもらいたいものです。

kindle unlimitedで読み放題で読めるナリよー