akのもろもろの話

大人の漫画読み

漫画/「ダーウィン事変」6巻 うめざわしゅん ネタバレ

半分ヒトで半分チンパンジーのチャーリ―。

唯一無二のヒューマンジーと思いきや、謎だらけの弟オメラスの登場で事態は激変。

すべてはヒューマンジーの生みの親グロスマン博士に繋がっているはずと、かつて共同研究者だったサラ・ユアン博士から情報を聞き出す為4人はニューヨークへ向かう。

(うめざわしゅん「ダーウィン事変」6巻 講談社アフタヌーンKC)

グロスマン博士なぜあなたはヒューマンジーを生みだしたのですか?

ニューヨークの人の多さと物価の高さに目の玉が飛び出そうなルーシーと顔バレせぬよう変装したチャーリーがサラ・ユァン博士が投宿するホテルを見張ります。

気の置けない両人ながら「こんな事聞いてごめん」と前置きしつつ、ルーシーは「なぜオメラスがハンナとバートを殺したとわかったのか?」と問いますが、チャーリーの野生が直前にそこにいた何かがヒトじゃない感じがしたと言うのです。その後オメラスを見て自分と同種だとすぐわかったと言うんですから血は水よりも濃いとはヒューマンジーにも当てはまりそうです。

畢竟オメラスを止めるには殺すしかないと考えているチャーリーとチャーリーに誰も殺して欲しくないルーシーの間には齟齬があるのですが、いやこれはチャーリーにとって生存に関わる重要な問題かもしれませんからルーシーは口をつぐみます。今は。

フィルはグレイスから2人が男女の仲になっていると聞かされ思案顔でして、若い2人だから致し方無いと思えどもヒューマンジーとヒトの境界を超えるのはなんと困難な事でしょうか。

ふと、もしもルーシーがいなくなったらと思ったら今まで理解できなかった孤独の意味がわかって来たと言うチャーリーですが、孤独だから境界があるから2人は触れ合ったというなら実に人間的な行いではないでしょうか。

オメラスの言う通り、チャーリーはまさしくバイオフィリアでしょう。バイオフィリアとは生命や生き物や自然を愛する概念で、チャーリーは生をその象徴のようなルーシーを愛し死と闘います。

ならばオメラスは対極のネクロフィリアです。ネクロフィリアは死体を愛する者ですがここでは哲学的な意味で死を愛好し死に向かっていく事です。母親の墓に花を手向け自分の出自を涙ながらに語る感傷的な面を持つ一方でヒトを殺すのは無感動です。もう気に入らないものはつぶさないと気がすまない狂気です。

この光と影のような兄弟を人間はどこまでも利用しようと企み、ALAだけでなく、グロスマン博士と繋がりを持つと思われる製薬会社ゴルトン社の若きCEOは「もし良いヒューマンジーと悪いヒューマンジーがいたらどうだ?」と謎かけのような事を言い出すわけです。

彼のスピーチの最中にALAが乗り込み無差別銃撃事件が勃発しますが、フィルを助けにガラス張りの天井をぶち割って降臨し見事なアクションを見せたチャーリーに「すごい!見た!?良い方のヒューマンジーだ!」と無邪気に喜ぶ始末。

こやつグロスマン博士の行方を尋ねるサラ・ユァン博士にも「彼はもういない」と告げるなど、何かを知ってる&何かを企んでいる風で悪い顔をちらりちらり見せるのでたまりません。

この時ALAはアメリカ中で大掛かりな同時多発テロを決行していましたが、実は決行者たちはいずれもトーシロで射殺もしくは逮捕されるのは時間の問題。闇バイトでもなんでも実行犯は使い捨てなものです。

この混沌によってオメラスの存在を世界に知らしめんとするのが、ALAの中心人物ファイヤ・アーベントですが、過去にルーシーを万華鏡の目をした女の子なぞと言ったのは好感度高いですが第1巻から出ているのに腹がなかなか読めませぬ。オメラスをプロデュースしてどうしようと言うのだコレ。

さて肝心のオメラスはといえば、ホワイトハウスにALAの旗をおっ立て大統領執務室を占拠致しまして、この超ド級殺人マシーンの前では人間は全くの無力だと悟らせます。

彼らの目的はリナリス議員曰く、食肉用冷凍車に人間を豚肉のように吊るした猟奇事件もスポーツハンティングのような無差別殺人もALAが動物に対する人間の行為を反転させてるのだとっ!これはもう、チョット皮肉が過ぎるってアータ!

いくら力を誇示しても社会が変わることはないと断言するリナリス議員に対し、「シモーヌ・ヴェイユによれば力とは、人を死体に変容させる能力だそうだ」と返すオメラス。人間でもあんまり知られてない哲学者の言葉を持ち出すあたり、パワーだけでなく知性もチャーリーを上回ってるようです。そう言えばファイヤアーベントも哲学者の名前ですねん。

この大騒動と同時進行でサラ・ユァンが16年前のヒューマンジー誕生の真実を語りますよってもう目が離せません。えらいこってす。

チャーリーの父親はグロスマンで母親はチンパンジーのエヴァでして、オメラスも遺伝学上は同じですがサラ・ユァンが代理母だったわけですが、元凶は人類とチンパンジーの交雑種を創る事に憑りつかれた男グロスマンで決まりです。

なんかチャーリーの賢そうな目もオメラスの暗い目もひどく痛々しく感じて来ました。

彼らがグロスマンの行方を探す様子は自分のアイデンティティーを求めるようでヒトそのものだからです。

グロスマンの言ったダーウィンのアルゴリズムとは、ダーウィンの進化論では、生物は自然選択によって環境に適応するように進化すると考えます。

生存率と繁殖率の高い個体が低い個体を淘汰して生き残る。つまり強い者が生き残り優秀な子孫を多く残すんです。

グロスマンは人類よりも優れているチンパンジーによって人類は自然淘汰されるべきと考えていたのじゃないでしょうか。(このマッドサイエンティストめっ!)

美しい人妻とチンパンジーが恋に落ちるという何やら素っ頓狂な大島渚監督の映画「マックス、モン・アムール」(1987年)なんてのもありましたから、ヒトとチンパンジーは遺伝子的にも非常に近いです。

そしてこの作品が問いかけるのは、ヒトは生き物の中で自分が一番偉いと思ってるフシがありますが本当にそんなに偉いのだろうか?に尽きるのです。