akのもろもろの話

大人の漫画読み

漫画/「お別れホスピタル」沖田✕華 感想

「お別れホスピタル」はビックコミックスピリッツ(小学館)にて、2018年から月イチ連載。既刊10巻。

終末期病棟で働く看護師・辺見の目を通して人の死とは何かを問いかける作品。

(沖田✕華「お別れホスピタル」既刊10巻 小学館ビックコミックス)

誰にでも訪れる死を見守る終末期病棟

「人生100才時代」などと言われる日本人の平均寿命は、男性81,05才で女性87,09才です。

でも、亡くなるその日までピンピンしててコロリと逝けるなんてのは幻想です。

たとえヨボヨボしていても日常生活が問題なく送れていればオッケーですが(これを健康寿命と言う)健康寿命は男性72,68才、女性75,38才でして、亡くなるまでに男性は約9年、女性は約12年も支援や介護が必要になる計算なのであります。

大方の人は病院で死ぬわけですが。

果たして病院で人間らしく死んでいけるのだろうか?

などと思ってしまいますが、しかしそれ以外のどこで死ねばよいのかわからんのも現状です。

主人公は終末期病棟で働く看護師です。

終末期病棟にやって来るのは、もう手の施しようのない回復の見込めない患者であり、彼らは多忙な一般病棟の医療システムからは見捨てられ死んで行く存在です。

だから終末期病棟は「ゴミ捨て場」という隠語で呼ばれている。

とはヒドイ話ですが実にありそうじゃないですか。

チョット新年早々、暗い話で恐縮ですが、まったく長生きしていい事なんかあるのかしらね。

この職場は、回復して退院できる一般病棟とは違い看護師としてのスキルが上がることはありませんから、若い新人ナースなどはすぐやめてしまいます。

けれどなんだろうな。この作品は決して陰鬱ではなく、あまりに重いテーマ故に、逆に人間の滑稽さを際立たせ笑わせたり作品としてのバランスが巧みですよね。

たとえば第1巻に登場する「カントリーマアムを~くーだーさーい!!」と一日中叫んでる寝たきりで認知症の太田さん(81才)が、菓子の食べ過ぎで太ったし糖尿だからとカントリーマアムを一日10個から3個に減らされた怒りで入れ歯を投げつけてくるとか。

男性新人ヘルパーにシモ系のセリフを言いまくる(「けんさん抱いて!」「おOOOして!」とか。けんさんは後に高倉健さんと判明)認知症の幸村さん(81才)はこんな恥ずかしい事は息子の前では絶対しないわけでして。

誰にでもかけがえのない人生があり、かつてはキチンとしていただろう人がこのように変貌してしまうのは、ショックを通り越して滑稽なんですが、ナースたちはすべてを容認しています。

そうかと思えば「軍曹」と呼ばれてる小川さん(90才)は胃ろうで認知症なのでやむなく拘束する場面もあるのですが、軍人恩給を当てにする家族は容態よりもあらゆる延命治療を希望しましてね、誰も見舞いに来ないのに沢山のチューブに繋がれ生かされる羽目になるのです。

終末期と診断された人は2カ月から半年で亡くなりますから、誰かが死んでベッドが空けばすぐに新しい患者が入ります。

死は日常であり、その繰り返しの中で辺見は死ぬ事の意味を考えます。

人はなぜ生きるのか?

それは死ぬ為に他ならない。

このセリフなどは、まさに亡くなる順番を待ってるかのような終末期病棟で働く人ならではの死生観でしょう。

それでいて死ぬのが怖いと考えてしまう主人公の複雑な胸中も覗かせるのは、やっぱ独身女性の職場としてはあまりにもハードだからですよね。

様々な患者と出会い、彼女が目のあたりにする患者の死と人生のドラマが丁寧に綴られます。

しかも辺見には家庭の悩みもあり、彼女には中学時代のイジメが原因で鬱と摂食障害になり希死念慮(死にたいと思う気持ち)のある妹がいるのですが、ナースと言っても身内となれば感情的になり妹ともやり合ってしまいます。

その妹が自分が死んだ後の葬式代を貯金していて、あたしは悲しかったですが、自殺を肯定しているわけではないのですが、生きるのがツライ人間に「生きたくても生きられない人がいるんだよ」などと言ったって屁でもないわけです。

また、人口呼吸器などの延命措置は診療報酬が高く患者を多く受け入れるほど病院は儲かる仕組みになっているなどの内幕も興味深く、ステージ4のガンと診断され退職するベテランナースの赤根さんの凄まじい闘病記や、九条さんという殺人看護師も登場して来ますし、起伏のある物語で飽きさせません。

第1巻では「死ぬのが怖い。家族とも疎遠だし友達も彼氏もいない。いったい誰が最後を看取ってくれるのか?」と考えていた辺見ですが、医者の彼氏と同棲を始めましてうまく行ってると思ったら、厄介な母親とまだ切れてない元カノがいましてね、あの男はやめた方が良いのではないか。ううむ

人は誰でもいつかは死ぬのだからこの作品は他人事ではないと思う次第です。

この作品の中で沢山の死を見ましたが、一番悲しかったのは第6巻の佐古さん母娘で末期がんになった母親(70才)が植物状態の娘(35才)と共に死ぬ話は涙なしでは読めませんでした。

どんな死に方を迎えようが、その人は自分の人生を全うした・・・そう私は信じたいというラストの辺見の独白もなみだ涙のカフェテラス。