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大人の漫画読み

漫画/「乾と巽―ザバイカル戦記―」安彦良和

シベリア出兵を描く渾身の戦争漫画

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(安彦良和「乾と巽ーザバイカル戦記―」既刊6巻)

安彦良和と言ったらやっぱガンダムだけど

アニメでの功労、そして漫画家としてのご活躍、すべてにおいてレジェンドな安彦良和先生。

そんな彼が”最後の長編連載作品”と銘打って描いている「乾と巽-ザバイカル戦記-」は現在6巻まで刊行。

テーマはシベリア出兵だ。

 

シベリア出兵とは、1918年から1922年までの間に、第一次世界大戦の連合国(イギリス・日本・フランス・イタリア・アメリカ・カナダ・中華民国)が「シベリアで革命軍によって抑留されたチェコ兵捕虜の救出」を口実に共同出兵した、ロシア革命に対する軍事干渉。

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(1918年、各国軍によるウラジオストクでの軍事パレード・wikipediaより)

日本とロシアの争いをざっと書き出してみると、

日露戦争(1904年~1905年)

シベリア出兵(1918年~1925年)

ノモンハン事件(1939年)

第二次世界大戦末の日ソ戦(1945年)

とまあこんな感じになるが、日露戦争やノモンハン事件は小説や映画になったりもしてるし広く知られているけど、シベリア出兵は今や日本では忘れられた戦争と言える。

それは結果的に、国家に何の利益もなく国民の支持もない無謀な戦争だったからだ。

シベリア出兵って何だったのだろうか??

 

主人公の乾冬二は日本陸軍第七師団の砲兵だ。階級は軍曹。

冒頭から登場するのが装甲列車だ。

日本ではあまり馴染みがないけど、装甲列車なる兵器がシベリア鉄道を爆走する。

レールの上しか走れない鉄道車両が強力な兵器になるとか、イメージしにくいかもしれないね。

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(wikipediaより)

こんな感じのやつ。

列車が武装されとる。

いつもは文章だけだけど、今回は説明してると長くなるので画像でお送りしてます。

乾は腕のいい砲兵だ。

生き生きと躍動するような戦闘シーン流石だのお。

1918年8月、帝国陸軍は各国軍と共に北上し、独墺軍(ドイツ・オーストリア)及び革命派とクラエスフキーにて激突、ハバロフスクを制圧した。

革命派というのは軍服も着ていなかった。

露助(ロシア人の蔑称)の貧乏人でドイツに騙されてるんだろうと、日本兵はつぶやく。

砲兵としての腕を買われた乾は師団長に呼び出され、6人の分隊を引率して満洲里で特殊任務にあたるよう指示された。

そこで、上官となる黒木親慶と合流。

グレゴリー・ミハイルヴィチ・セミョーノフの配下として、ザバイカル州奪還のための精強な砲兵部隊の育成を命じられる。

真面目で正義感が強く柔術に長け部下からも慕われる乾は時々、キャスバル兄さんかしらアラアラと思うカッコよさでして、戦場では頼りになるタイプだから任務先でも大活躍で粗暴なセミョーノフからも気に入られちゃう。

が、セミョーノフ率いるザバイカル・コサック軍の非道なやり方に反感を覚えた乾は、革命派と戦ううちにロシアの人民は革命派を支持しているとわかり、次第に自分のしてる事に疑問を持つようになるのだ。

自分たちを帝国陸軍に戻してほしい、と乾は訴えようとするが、黒木から「革命派が支持されている背景にはレーニンの工作がある、レーニンこそ打倒しなければならない敵である」と諭されてしまう。

体力には自信があるけど、学がないから議論はチョット苦手。

度々挿入される少年時代の乾の、北国の貧しさ惨めさは、貧富の差が拡大した当時の日本の貧しい農村の象徴だ。

シベリア出兵は日本社会に様々な波紋を産んだ。

その一つが富山県の主婦を中心にして広まった米騒動だ。

第一次世界大戦の特需で溢れた金が投機に向かい米価が急騰し民衆は不満が高まり暴徒化。

8月12日、米を買い占めてると報道された神戸の鈴木商店本店は民衆に襲われ焼き討ちされた。

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(焼失した鈴木商店本店「wikipediaより」)

実際は、米を買い占めた事実はなかったらしい。

 

一方、もう一人の主人公の巽奈津夫はロシアにある浦潮日報の記者だ。

早稲田大学卒業でロシア語にも堪能だが、空気が読めないので周囲を驚かしたり厄介な問題に巻き込まれたり。

革命派に対する虐待を堂々と記者会見で質問したり、おとなしそうだけど信念は持っている。

彼はもっと自由な報道を求め浦潮日報を辞めてしまい、戦争の実態を知るためにザバイカル洲へと向かう。

一兵卒と一新聞記者の目から見た、混沌としたシベリアの戦場を描くストーリーになってるわけだ。

でも作者は自己を投影してるっぽい乾の描写に偏りがちで、巽の存在が薄いし連れてる女がのび太のママ似でブサイク過ぎる・・・(失礼!)

 

まあそこを差し引いても、日本陸軍に巣食う宿痾のような長州閥とか、師団同士の手柄争いとか、個々の思惑で自分勝手に動いて上の言う事も聞かない軍人がこの時代からいたんだなと興味深い。

黒木がセミョーノフの参謀として日本が武器や資金提供を続けるのは極東3地域の利権の確立のためだし、共産主義国の成立は阻止したい。

大国の戦争の大義と本音のとこは違う。

日本とロシアの微妙な温度差を感じるから、乾のような正義感だけで後先考えずに突っ走ってしまう青年には耐えがたい事だ。

それが若さや純粋さなんだけど、いつも戦争で死ぬのはそういう青年たちだ。

シベリア出兵は日本軍にとっては失敗だったから、戦争の研究は長年タブーとされてたらしい。

でも失敗を振り返る事に重要な意味がある。

その誤りを学ぶべきだった。