akのもろもろの話

大人の漫画読み

漫画/「父の暦」谷口ジロー

君は谷口ジローを知ってるか!?知ってるよね!

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(谷口ジロー「父の暦」)

谷口ジローを体験しよう!

12月の初め、世田谷文学館で開催されてる「描くひと 谷口ジロー展」を見に行きましたのよ。

これがもう超絶よくて、やっぱ谷口ジローったら凄すぎるウ~と思ったり、残念ながら2017年に他界されましたので悲しいかなもう新作は読めないんだ俺の愉しみは一つ減ったぜ、などと改めて悲しく思ったりして感慨もひとしおでした。

その画力の高さは言うまでもないけど、読み始めると谷口ジローの世界に深く引き込まれていく感じはなんとなく言葉では表現しづらい。(本当は先生とつけるべきだけど親愛を込めて敬称略)

売れると描かなくなる漫画家もいる中で(誰とは言わんけど)増長する事なく謙虚に真摯に漫画と向き合ってるイメージがあって、なんつーか職人芸っつーかいぶし銀だよね。

にもかかわらずあたしったら、小学館と双葉社が共同企画で10月から刊行してる「谷口ジローコレクション」をチョットお高いからって(3000円~3900円)購入をためらってたわけでして。

いやもう思い切って買った!

第一回配本の「父の暦」と「坊ちゃんの時代第一部」

第二回配本の「遥かな町へ」と「秋の舞姫・坊ちゃんの時代第二部」

の4冊を大人買いしたんでクリスマスを前にして金欠ですわ。

またこれが、家宝にもなりそうなB5サイズのご立派な大判本なのよ。

大きいから綺麗な絵が細部までわかるんで、画力がスゴイのがよくわかるのがスゴイです。

そんなわけで今回は「父の暦」の感想を書いときますね。

 

「父の暦」は谷口ジローの故郷である鳥取県鳥取市が舞台。

鳥取は行った事ないなあ。

主人公である「私」の名は陽一。

東京の大学に進学してそのまま東京に就職した彼の元に、鳥取で理髪店を営む父が亡くなったと連絡がくる。

でも陽一ったら、何かと理由をつけては故郷に帰りたがらないのよ。

こりゃあ何かあるな。

妻に強く言われ鳥取行きの飛行機に乗った陽一だが、14,5年振りの郷里は大きく変貌していて見覚えのない景色ばかりだった。

それでも記憶にある場所を見つけて、つい懐かしさで歩いてみる。

時間が逆行していくような感慨が胸に沸きあがり、彼の心には悲しかった少年時代の情景が思い出されてくる。

母親の姿が突然家から消えた事。

父も姉も知らんぷりで食事を続け陽一が聞いても答えなかった。

造り酒屋をしている母の実家へ子供の足で懸命に駆けた事。

母の兄である伯父さんが街角の食堂でライスカレーを御馳走してくれて両親は離婚したのだと話してくれた事。

でも単純にそれだけではないように見える。

陽一の脳裏に断片的によぎる不穏な光景はなんだろうか。

父が営む理髪店の床で遊ぶ幸せだった頃の心和む幼い自分と、1952年に起きた鳥取大火の恐怖。

通夜に集まった人々は、故郷に長年帰ってこなかった陽一に優しかった。

ほんに、よう来た。よう来た。

堅苦しい挨拶はせんでもええだ。

元気でおりゃあそれでええ。

思いがけずみんなの言葉は暖かかった。

 

そうして亡くなった父の通夜の席で伯父や姉からの話を聞くうち、断片的な子供時代の記憶が次第につながっていく、というね。

それは自分が知ってる父とは違う父の姿であり、自分が知らなかった若き日の父と母だ。

そこで描かれるのが戦後最大と言われる鳥取大火だ。

鳥取大火とは1952年4月17日、駅付近で発生したボヤがその日運悪くフェーン現象による強風が吹き荒れており市内各地で飛び火しながら拡大。

消防車が数少なく防火用水も不備だったために手の施しようがなく、夜になっても火はますます勢いを増し、焼失速度は1分間に家屋7戸強というから想像を絶する。

被災者2万451人、死者3名、被災家屋5228戸、鳥取市民の半分近くが被災した大火災である。

父の理髪店も焼け、陽一は子供だったから知らないだけで大人はとても苦労したのだ。

新しい店を出すためにと母が実家から勝手に借りてきた金を律儀に返済するため、父は休みなく働いた。

なのに母は、昔はもっとキラキラ輝いてたのに今のアータには魅力がなくなったと心が離れてしまい、娘の担任の音楽教師に惚れてしまう。

お母さんはこの時代には珍しいアクティブな女性で、どことなく少女みたいなとこがありますな。

そして若き日の瀬戸内寂聴ばりに不倫の末に家を捨ててしまうのだ。

まあ男の子は、大概そうだけど、お母さん大好きだよね。

幼い陽一が母親を恋しがる姿が不憫で、たぶんお父さんもなんと説明したらよいのかわからなかったんでしょうね。結局、離婚の経緯をきちんと説明をしない。

それが微妙なすれ違いとなり、さらに誤解となり、この父子は思いもよらない方向へ行ってしまう。

陽一は家庭の中に居場所がないと感ずるようになり、父と対話する事を避け、やがては故郷も家族も捨ててしまうのだ。

子供の心を見失ってしまった親が出来るのは、ただ黙って見守ることだけだ。

父がどんな気持ちで陽一を待っていたか、彼は通夜の席でようやく知る事となる。

父の優しさを悲しみや苦悩をなぜ理解しようとしなかったんだろう。

自分は父や家族の優しさにずっと支えられていた事に、年齢を重ねて大人になった今だから気づく。

でもでも気づいた時には親はいないのよ。

 

親子というのは難しいものだ。

いっそ他人なら、嫌ならもうつきあわなければいいのだし、他人なら気も使う。

親子ゆえの甘えというのがあって、へんに片意地張ったり、何も言わなくてもわかってくれるだろうとか、大事な事を話さなくてもいつかわかるだろうと軽く考えてたり、そこら辺の機微がとてもよくわかる。

過去に重大な何かがあって故郷に帰らなかったわけではなかった。

そんな劇的な展開の漫画は谷口ジローは描かない。

陽一が成長していくまでの家族の歴史の中で、わだかまりが次第に埋められない大きな溝になっていくのを、通夜の席で断片的な記憶がパズルのピースをはめるように繋がっていくのを、緻密な構成で描いて見せるのだ。

 

もうラストとか泣けちゃうのよ。

感動必至。ぜひ読んでくださいな。