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大人の漫画読み

漫画/「セシルの女王」こざき亜衣 感想

「俺が君を守ってあげる」少年の初恋がちょっと青臭いけど

先月イギリスでは国王チャールズ3世の戴冠式が行われ歴史と伝統を感じさせる豪華絢爛な儀式でしたね。

自分には関係ありませんがイギリス国民からの人気はどうなんですかね?

お母さんのエリザベス2世は敬愛されてる様子でしたが。

ところでエリザベスと言えば、やっぱ英国史上有名なのはエリザベス1世でございますよ。

「セシルの女王」の女王とはエリザベス1世でして、セシルとは女子の名ではなくエリザベス1世の忠臣ウイリアム・セシルの物語です。

(こざき亜衣「セシルの女王」既刊4巻)

16世紀のテューダー朝イングランドでは「ジェントリ」と呼ばれる新勢力が絶対王政を支えました。

いまや地主として地域に大きな力を持つジェントリは平民ですが中央政治にも勢力を伸ばし貴族と共に上流階級を構成しています。

そんな地方ジェントリの家に生まれたウイリアム・セシルは12才で衣装担当内官である父に連れられ城に登ります。

いわば田舎の金持ちの苦労知らずのガキンチョで出世なんか夢見て浮かれてたのですが、彼を待ち受けていたのは暴君ヘンリー8世と伏魔殿のような宮廷でしてね。

有能だが気難しい側近のトマス・クロムウェルや映画やドラマにもなった王妃アン・ブーリンなど続々登場する本格歴史漫画になっております。

「今のお后はキャサリンじゃない。アンだ」と父に念押しされたのにウィリアムったらヘンリーの前でキャサリンと言い間違うドジっ子振りでして、大男のヘンリーから首締めで殺されそうになったり命乞いした父親がヘンリーの怪力パンチで地平線までぶっ飛ばされるという余りの仕打ちで「思ってたのと全然違う!!」と暗く落ち込むウイリアム。

が偶然アン・ブーリンから慰められる仕儀となり、懐妊中の大きなお腹に「ほら、動いてるわよ」と顔をつけられたり「男の子が生まれたら助けてあげてね」と頼まれるにあたって俄然やる気を出しちゃうというね。

時あたかも宮廷内は男子誕生の期待に恐ろしいくらいの盛り上がりでしてね、しかし御存知のように生まれたのは女児で後のエリザベス1世ですよって。

1巻ではヘンリーからも廷臣からも望まれず生まれた女児をウイリアムだけが「俺が君を守ってあげる」と誓う展開です。

そこには少年らしい純粋さや正義感の他にDV夫に耐えるかわいそうな年上女性への淡い初恋がありまして、なんか青臭くて見てられませんがな~

まだケンブリッジの学生であるウイリアムの物語は序の口ですが、その一方でアン・ブーリンを主要人物としたヘンリー8世と王妃たちのすったもんだが見所です。

「邪魔な奴はバンバン処刑する」という残虐エピソードが欠かせないヘンリー8世が生涯で6度の結婚をしたのは有名で王妃も2人処刑されています。コワイワねー

6人の王妃たちは例外もありますが概ね不幸な最期を遂げています。

まあ単なる女好きなら愛人でいいはずですが彼が結婚に拘ったのは、テューダー朝の安定にとって嫡子の男子後継者が必要だと考えたからなんです。

ヘンリーは出産が見込めないキャサリン王妃と離婚して王妃の侍女であったアン・ブーリンと結婚したいがためローマ・カトリック教会を離脱して今に続くイングランド独自の「国教会」樹立にまっしぐら。

妊娠中のアンの子が結婚前に生まれてしまえばその子は庶子とされ王位継承が難しいからでして、キャサリンとの婚姻を無効化したうえでアンと結婚、いやもう男が生まれるとは限らないのに医師や占い師は「お腹の子は男」といい加減な太鼓判を押し、プリンス誕生と盛り上がる中で生まれたのは女児です。

ってなわけでヘンリーの期待に応えられなかったアンはその強気な性格もあって政敵も多く没落していき、その最期はロンドン塔で処刑されてしまうのです。

彼女は人生を自分で切り開こうとする力強さを持った魅力的な女性として描かれていて、ひとり残される娘の身を案じる母心も泣かせますが、なにしろ出産で男を産む全責任が彼女に押し付けられ孤立無援でまったくひでえ話なんです。

心身ズタボロなアンに「月のものはまだか?」とやる気満々のヘンリーには虫唾が走りましたよ。

ヘンリーは王妃の侍女に手をつけるのが鉄板で、次はアンの侍女だったジェーン・シーモアと結婚し王子が産まれましたが(後のエドワード6世)彼女はすぐに亡くなってしまいます。

アンとジェーンの間には女にしかわからない悲しみを共有してるところがあって、このあたりも大変読ませますよ。

現在4巻まで刊行してますが、ヘンリーは4人目の妻アン・オブ・クレーヴズとの結婚に臨みましたが(5番目と6番目の妻も侍女として登場しています)彼女は刺繍ばかりしている変わった女性で自分の言いなりにならないヘンリーは気に入りません。

宗教改革を主導した側近のトマス・クロムウェルはこの結婚を推したことで王の不興を買い政敵から失脚させられ処刑されるのです。突然の没落コワイワー。

とにかく世継ぎが欲しいからって6人もの妃を娶り容赦なく捨てるヘンリー8世の愛憎がおぞましいけど面白いです。

ヘンリー8世からエリザベス1世へと続く(宗教改革まで起こして男子を得ようとしたのに女王の時代だよ)16世紀のイングランド王室史をよく知れます。

クロムウェルが死に臨み「ヘンリーに仕えて25年、一度たりとも王を愛せなかった」とウイリアムに語った言葉が示唆に富みます。

王位継承を巡り身内で争う人々に、権力の前には人の心も愛もないのかと真っ直ぐなウイリアムが絡んでいくのかな。

それにしてもアンとかキャサリンとかメアリーとか同じ名前の人ばっかで紛らわしいです。