終末期病棟の看護師の目を通して、人の死とは何かを問いかける「お別れホスピタル」。
11巻が出ましたので、しみじみと感想をしたためる次第です。
主人公の辺見が勤務するのは病院の別館にある終末期病棟なんざんすが、ここにやって来るのはもう手の施しようのない回復の見込めない患者です。
言うなれば多忙な一般病棟の医療システムからは見捨てられた存在ですから、陰で「ゴミ捨て場」などという隠語で呼ばれてるわけでして。
ドイヒーな話だとご立腹される諸兄諸姉もございましょうが、まあそんなものですよ。
しかしながら回復して退院するってことは絶対ナッシングな特殊な病棟で、誰かが死んでベッドが空けばすぐに新しい患者が入ってくるんだもの、まったくもって人の死が日常のお仕事。
メンタル弱いあたしにはなんて辛い仕事じゃ!!あたしには絶対無理っ!と思いつつ、当たり前に冷静な仕事振りに、いつも静かに感動しておるのですがな。
そんな終末期病棟に訪問して来る「訪問福祉理美容師」というのは、床屋に行けない入院患者のために病院にやって来て髪を切ってくれる人のことです。(国家試験の他に介護の勉強もして合格しなければなれない)
病院の近所で理容院を営みながら店休日には病院にやって来る紙尾さん夫婦(休みないじゃんね)。
終末期の人は座位が取れないから、寝たままで髪をカットしなければなりません。時間がかかって大変ですが、紙尾さんは仕事も丁寧で腕も良し。
これこそが人様に喜ばれる仕事ですがな。
ところで、入院患者の村上さん(90才)は5年前に全身ガンが見つかり延命治療をしていましたが、2カ月前に脳出血で救急搬送、全身麻痺のうえ意識が戻ることはないと判断され転院してきた、とにかく重篤な患者です。
寝たきりで髪も眉毛も髭も伸び放題、「元気な頃は身なりにとても気を使う人だったのに」と奥さんが泣きながら辺見に訴えるわけです。
前の病院でナースに頼んだら「死ねばアータすぐ葬儀場に行くしそこで納棺師にキレイにしてもらえるから病院でやっても意味ないっしょ」って言われたって。(そんなこと言われるんかのお・・・)
奥さんの気持ちを慮った辺見が、ダメ元で師長に相談すると、なんとアッサリ許可されまして。
実情は患者の重症度が高いほど診療報酬が高いからなんですが(病院もうかる)。
ハードなのはナースで、人口呼吸器をつけた患者の浴室介助は2,3人がかりの大仕事でして、村上さんは前の病院で一度も入浴したことがないから、シャンプーをどんだけ使っても泡が立たない(ここは笑う所)
そんなこんなでキレイになった村上さんを、次は紙尾さんが髪を切ってくれるのですが、紙尾さんは村上さんと旧知の仲でした。
仲が悪かった父親が亡くなり店を継いだ紙尾さんに、父の常連客だった村上さんは毎月来ては自分の知らない父の話をしてくれましてね(いい話だねー)。
親孝行したい時に親はなしと申しますがまさにソレな!で、もっと腹を割って話せばよかったぜとか、父が死んだ時の納棺師がへたくそでカミソリの切れが悪かったとか、チクショウ自分ならもっとうまくやれるのにーと悔しかった事とか(長い説明)
紙尾さんが今では人に感謝される立派な仕事をしてる背景に、お父さんへの思いがあったんだね。
そして意識がなくても身綺麗にしてもらって、村上さんの奥さんもうれしかったと思います。
終末期病棟ではナースとしてのスキルが上がることはないので若い人はすぐやめてしまうんですが、スキルアップも大切ですが、多くの死を看取って来た辺見が自身の看護観をキチンと持ってる所がいいんですよね。
家族の希望を無理だと切り捨てず、共感を持って聞いてあげる所など誰にでもできることではないと思うんです。
さて、終末期病棟には認知症の人もいるんですが、同じことを何度も言うとか、飯食ったことを忘れちゃうとかは、まだかわいい方だったんだなー(遠い目)
認知症の犬井さん(80才)は弄便が始まりまして、弄便とは認知症の人が下着やオムツの中にした便を素手でいじったり取り出して服につけたり壁に塗ったりすることなんです。
病室をうんこまみれにされても、叱ったり責めたりしたって効果はないから、すぐにうんこをかたずけて綺麗にし相手のプライドを傷つけないような声がけをしなければなりませぬ。
犬井さんは元は総師長(現場の看護師をまとめる管理職)をしてた人だから、とてもプライドが高く不穏になると現役時代のように怒り出します。
弄便を防ぐためにアレやコレや知恵をひねるナースたちと弄便する犬井さんとの攻防が見所ですが、年を取るとは難しいことですね。
老いとは死よりも残酷な場合があるのだと思わずにいられません。
また、50才過ぎの新人ナースが入ったのですが、22年の経験があるベテランナースでとてもいい人なのですが、精神科勤務だったために実務がまったくできなかった騒動(本当にいい人なんですが)や、ガンの闘病を経て今は病院食の調理スタッフをしている赤根さんがコロナの後遺症のひとつ「ブレインフォグ」(頭がぼんやりして物事が思い出せなくなる症状)で悩む話など。コロナの後遺症外来に行った赤根さんは医者から「気のせい」って言われてしまう(そんなこと言われるんかのお・・・)。
等々、様々な人が行きかう終末期病棟にて、今回も6話の短編が安定の面白さです。