鼓田ミナレ(27歳)は札幌のスープカレー屋「ボイジャー」の店員だが、ひょんな事から地元FM局「藻岩山ラジオ」でラジオパーソナリティーとしての道を歩み始めた。
とは言え、ラジオは週1回・50分、カレー屋は週6回・1日10時間で収入も圧倒的にカレー屋が主戦場なのだが。
「波よ聞いてくれ」つーのは、彼女が初めて持った冠番組名からきてるのだけど、良いタイトルですよね。なんか好きだわあ。
さて、劇中は2015年11月なのだが、ミナレの番組に「引きこもりの長男を救済して」という訴えが届いたのが前巻の話。
そこでミナレが考えたのは、引きこもり青年・多野潤一を自室から引き出すために、宗教団体「波の智慧派」にいた美少年のヒロミを潤一の死んだ妹に変装させ部屋から誘い出すという、なんか笑止千万な作戦だった。
ところが作戦決行の午前3時頃、北海道は思いもよらない大地震に襲われるのである。
これは作者によると2018年の北海道胆振東部地震をモデルにしてるそうで、マグニチュード6・7の非常に強い地震を観測後、北海道全域で大停電が発生したのである。
北海道電力が抱える発電所が相次いで停止し本州からの送電も止まったためブラックアウトとなってしまったのだ。
すべてのインフラは停止し札幌の街は漆黒の闇に包まれてしまった。
午前4時半、たぶん全然寝てないミナレは麻藤から呼び出され「波よ聞いてくれ」の特別放送を始めると告げられる。
地域に密着した災害報道こそラジオの本分である。
音声のみのラジオはテレビよりも番組の編成が簡単だし、災害に応じて臨機応変に対応することができるものね。
だがもちろんそれは大事だがそれだけじゃない、と麻藤は言う。
深夜大地震があり、さらに停電して何も見えない、ラジオをつければアナウンサーが緊迫した声で大災害のニュースを読み続けている・・・これでは人間不安につぶされそうになるってもんよ。
だからそうならないように「一人じゃないよ」「大丈夫だよ」と語り続け、リスナーの不安を掬い上げるんだとミナレは命じられるのである。
しかも麻籐は部長が出てくるまで陣頭指揮をとらなきゃならんつーわけで、ADの瑞穂と二人だけの放送だ。
どんな状況下でも、自分の持ち味を発揮できるミナレはすごい。
真っ暗な札幌の街の中にミナレの話す声だけが響く展開は心躍っちゃう。
今まではラジオ漫画と言いながらもミナレの奇想天外なエピソードが中心で、まあ面白いからいいんだけど、なんかラジオは二の次だったものねえ。
一方「ボイジャー」では、店内の被害を確認しに集まった宝田店長以下、中原、マキエの3人が、いったん解散して10時に出勤しまだ電気が復旧してなかったら炊き出しの準備をしようという事になる。
店内は食器やら割れて甚大な被害だし、電気はいつ復旧するかもわからないから冷蔵庫の食材もやがて痛んでしまう。
自分だって被災者でありながらボランティアで温かい食事を提供しようと言う宝田の、普段はねちっこい喋り方がキモイしすぐケツを触って来るしセコイけど、心意気を見た中原は感動する。
その後、避難所は人が一杯いて嫌だと火の気のない自宅に逆戻りしてしまって、凍死寸前の潤一をミナレはボイジャーの炊き出し要員として引っ張ってゆく。
茅代まどかが言ってた。
この状況から抜け出るにはどうしたらよいのか、現状が良くないことは本人が一番わかってる。
そういう時「勇気を出して」と言うのは簡単だけど、厳しい世間からドロップアウトした人に厳しい世間に戻れって説得するのは酷な話だ。
そういう前向きではあるけど優しくない解決法は嫌いなのよ。
ラジオは常に逃げ場所であるべきと思ってるから。
うむ、さすがは茅代まどか。
だけどミナレのやった事と言ったらもう無茶苦茶で、本人の意思を無視して力ずくなのよ。
炊き出しの手伝いなんかやりたくもないのに、ミナレに2・3発ブン殴られた様子の潤一は「後で傷害で訴えてやる」とか言いながらも、慣れない炊き出しを一生懸命手伝う。
本当は真面目な人なんだ。
そしてやって来る人たちがみんな不安で一杯なのを感じる。
それは自分と同じだ。
だがなぜか彼は居心地がいいと思う。
自分と同じ明日がどうなるかわからない人達ばかりだったからだ。
でも、あの人たちだって時間がたてばいずれは以前の日常に、俺よりマシな日常へ戻ってゆく。
俺は常に下の人間を眺めながら仕事がしたい。
コンプレックスを感じない職場なら・・・長く続けられるかもしれない。
チョット笑止の沙汰だけど、炊き出しの手伝いを契機にして潤一は目が開かれるというか得心して、ある職に就くのだ。
ミナレは「ボランティアに従事して出した結論がそれ?クズが!!」とあきれるが、まあ、あの潤一を2週間かそこらで外へ出しちゃうんだからスゴイけど、人間の本質まで変えられると思うのはちょっと傲慢じゃないかな?とお母さんに返されるのだった。
そうしてついに、マキエは中原の部屋を出て行く。
二人の間には色々ありそうでいて、何もない。
当面の生活費やら心配してくれる中原に、マキエは実は自分は放送作家を目指してるのだと打ち明け驚かす。
落ち着いたらまた遊びにおいでよと、これは社交辞令なんだろうな、そう言う中原にキッパリと彼女は「いえ、もうここへは来ない・・・と思います」と答える。
しかし彼女が出て行ってすぐに中原のスマホが鳴り「やっぱりたまには遊びに行っていいか?」と聞かれるのでもちろんと答えながら中原はなんだったんだと考える。
まったくもってめんどくさい女である。
大きな災害が起こると行政ができる事には限界があるから、民間の力が必要になってくる。
ラジオは災害が起きた地域で何が問題なのかを被災地向けに伝える事ができるから、災害報道では重要なのだ。
でも、情報が結構入ってきてもウラを取るのが難しかったりして、デマが恐いからなんでも流すわけにいかないし取捨選択が難しい。
こんなにも重要性が高いのにラジオ業界は斜陽産業である。
だから長くこの世界で生きて来た、業界の大ベテランの麻籐も久連木も愁う。
麻藤は新しい風を起こそうと、ミナレに何か期待してるのだ。
変革者は案外、彼女のような適当で滅茶苦茶な素人なのかもしれん。
それにしたってミナレのメンタルの強さには感心するのお。
人から冷たく否定されたり嫌な事を言われてもいちいち気にしないどころか、言い返すし笑いに変えたりアドリブの達人なのよね。
彼女だって落ち込む事もあるけど、裏表のないサッパリした性格だから切り替えが早いのだ。
この漫画はやっぱりラジオよりも、女性が生き生きと描かれた作品なのだ。
エログロを廃しても、作者が描きたい女性キャラは変わらない。
作者の中で長く醸された彼女たちを、楽しんで描いてるのが伝わって来るんだよね。