akのもろもろの話

いつも漫画ばかり読んでた「漫画とかの覚え書帖」

群馬の場末の映画館でヴィスコンティの「山猫」を見た話

10連休の代休を今頃貰ったので群馬の実家に帰省しました。

私の場合特に誰かと連絡を取るでもないコソコソした帰郷です。

高崎市群馬県では最大の人口を擁する一番発展している都市ではあります。

しかし相変わらず夜の高崎駅で新幹線を降りると、街は暗く感じるし人もまばらなのです。

駅の周辺は開発が進んでいて帰る度に様相が変わっているのだが、なんだか人があまり歩いてない感じはいつ行っても変わらないです。

その侘しさに、ああ帰ってきたなあって思うのです。

 

古くから群馬交響楽団を有す高崎市は「音楽のあるまち」を市民文化を表すキャッチフレーズに謳い「高崎映画祭」などもそこそこ開催しています。

その流れの一環で廃業した古い映画館を復活させる、といった事もしてるわけです。

「高崎フィルム・コミッション」の設置で映画のロケが各地で行われていて、その映画館はEXILEの「HiGH&LOW」の山王商店街の撮影が行われたアーケード街にあります。

まあ、ほとんどシャッターが降りたままでかなり廃れた感じの商店街です。

でもそれがなんか郷愁を感じさせるようでもあり昭和の匂いがプンプン残る場所でもあります。

かつては大勢の人が買い物に訪れたんでしょうが、シャッターが降りた店の色褪せた看板や、解体を待ってるような閉館した映画館などがこの空間だけ悲しく時間が止まっているみたいです。

しかも商店街からちょっと路地を入ればエロいお姉さんの店や怪しげな飲み屋の看板が軒を連ねていて、金髪姿も麗しい岩田剛典が出て来そうな感じです。

商店街にあるんですから場末ではないんだけど、よく言えばレトロね。

今回そんな場末でシネマしたのがルキノ・ヴィスコンティ監督の名作「山猫」です。

平日に実家に帰っても昼間は皆出てるし遊ぶとこもない私は暇つぶしに出かけたわけです。

 

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「山猫」は統一戦争に揺れるイタリアが舞台です。

バート・ランカスター演じるシチリアを統治する名門貴族の当主・サリーナ侯爵は自分たち貴族の時代の終焉が近い事を感じていました。

一方、甥のタンクレディアラン・ドロン)は革命軍に参加し、新興ブルジョアの娘アンジェリカ(クラウディア・カルディナーレ)と恋に落ちます。

そして、新旧交代を告げるような大舞踏会が幕を開ける・・・

ざっとまあ、こんなお話です。

 

シチリア貴族の栄華と終焉を圧倒的なスケールで描いたこの作品はなんと1963年の制作ですので、2010年にマーティン・スコセッシが設立したザ・フィルム・ファンデーションが1万2千時間をかけて遜色したフィルムを復元しましたの。

2019年6月には日本国内の「山猫」上映権が切れるんだそうで、しかも今回35ミリフィルムで3時間6分の上映でございましたのよ。

ヴィスコンティ結構好きなんだけど「山猫」は見た事がなかったのでちょっとうれしかったです。

 

この高崎電気館は2001年に閉館したのが復活したわけですが、1966年に作られた建物がそのままで中もまったく昔の映画館です。

もうね、古い。

壁も床も椅子もとにかく古い。

そうか復活って言うのはいったん死んだものが再びこの世に現れる事だからリニューアルとは違うんだね。

当時の昭和映画のポスターや映画館を訪れた有名人の色紙等も昔のまま残っていました。

その日は1日2回上映で客は自分を含めて10人位でほとんど高齢者でしたね。

その人数には広すぎる館内に、これは儲け度外視なんだろうなと田舎の町おこしの悲哀を感じてると、ボランティアなのかスタッフが現れ「本日はご来場ありがとうございます」とわざわざのご挨拶。

「3時間と長いですが休憩はございませんのでトイレに行く時は足元に気をつけて」

まあご丁寧にありがとよ。

 

しかし昔ながらのフィルム上映にはならではの良さがありましたね。

湾曲した大スクリーンに映し出される独特の質感や雰囲気は映画らしさを感じさせます。

粒子の粗さも味わいがあってシネコンとは全然違いました。

 

この映画の見どころは、映画本編の3分の1を占めるクライマックスの大舞踏会のシーンだと言われています。

撮影には36日間をかけメインキャストを含む240人の俳優が出演していて、エキストラには本物のシチリア貴族が起用されているといいます。

ほとんど照明を使わず自然光で撮影する事にこだわった為、明るさが足りないのでたくさんの蝋燭を灯した結果すごく暑い現場になってしまったんだって。

だから貴族たちはしきりに扇子であおぎ額に汗を浮かべています。

衣装や細部の調度品に至るまで、すべてがモノホンの貴族であるヴィスコンティ監督の美意識によって選び抜かれたホンモノなのです。

 

しかしまあ舞踏会ってこれだけ大勢の人を家に招けるのもすごいけど、費えもすごいでしょうね。

人件費から飲み物だけじゃなく全員に食事も出すし、莫大な費用がかかりますよ。

やっぱ全額舞踏会を開催した邸の主人が出すんですかね。

貴族がどんなに豪勢に暮らしてたのか驚くばかりです。

 

でもサリーナ侯爵の娘の一人は「週に三日も舞踏会があるのはきつい。でも招待状をもらったら行かないわけにいかないし。早く帰って静かに暮らしたい」とか言うわけです。

この人は従弟であるアラン・ドロンが好きなんだけど、ドロンはとても美しいんだけど品がなくて性格もあんま良くない感じの庶民のカルディナーレと婚約しちゃうのね。

カルディナーレはそれを聞いて「あら、私は楽しくてしょうがないわ」って言うの。

そりゃそうだろうよ、貴族の仲間入りができてドロンがデレデレなんだからね。

ドロンはあのアイパッチみたいに黒い布を片目につけた姿が有名ですけど、なんか私はこの作品のドロンはあまりいいと思わなかったですね。

軽薄でチャラチャラした感じがなんかオリラジの藤森みたいに見えちゃって。

この映画でドロンは自分のギャラがバート・ランカスターより安いのが気に入らなくてヴィスコンティ監督と決別したって聞きます。

しかしながらやはりチャラ男より重厚なランカスターのが上だよ、と思うのでした。

 

サリーナ侯爵の妻はすぐヒステリックになって泣きわめくような女で、娘とドロンを一緒にさせようと思ってたからヒーヒー泣いて怒るわけですよ。

でも侯爵は従弟同士で結婚するような貴族の風習はあまりよくないし、もう新しい時代なんだからって婚約させてあげるんですわ。

貴族の女性ってこんなんかって思うようなヒーヒー泣いてうるさい妻をうるせー静かにしろおって怒鳴りつけたりして。

侯爵の肩に一族の全てがかかってるんですよね。

そしてこの侯爵には先見の明があり時代の流れもわかっているんです。

けどドロンのように時勢に乗る事を良しとせず滅びのままに身を任せようとします。

 

19世紀の舞踏会がここまで見事に再現されてるのは驚嘆に値します。

でもこの舞踏会のシーン本当に長かったです。

貴族たちはなんかもうどうにでもなれってやけっぱちになってるようにも見えました。

だからこそ享楽的なシーンの中に美しさと輝きが生まれるのかも知れません。

 

絢爛豪華な舞踏会とヴィスコンティデカダンスに酔いしれて映画館を出た私は、苦いコーヒーでも飲みたい気分だったがこの商店街のどこにカフェなんつーもんがあるのか全然見つかりませんでした。