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大人の漫画読み

漫画/「アガペー」真鍋昌平

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(真鍋昌平「アガペー」)

2019年に発売された真鍋昌平の「アガペー」は、四つの短編作品が収録されていてどれも面白いのだが、表題にもなってる「アガペー」はドルオタいわゆるアイドルオタクを描いた作品だ。

ここに登場する二名のオタク、ひろたんとノリちんは、地下アイドル「HELLRINGU乙女パート」略してヘルパーの柿沢あやかというアイドルを推していて、共にライブに通う仲だ。

自分も含め一般社会の人はアイドルオタク=キモイって思ってるけど、この二人もご多分に漏れず気持ち悪い。

特にひろたんは、キモオタなんて蔑称だから使いたくないけど、デブで不潔そうで異臭がしそうだし、ノリちんより一回り以上年上で親の遺産でFXやって稼いでるって話も眉唾だ。

 

遠目に見れば一緒なのに、ノリちんでさえひろたんの事を現場以外では絶対会いたくない気持ち悪い人種、と内心思っていた。

あたしに言わせりゃどっちもどっちだけど、オタクがオタクを見下す構図。

実はノリちんはこの頃、オタク活動に疲れてきてたのだ。

オタ同士は表面上は仲良くしてるけど同じ女の子を好きになってるライバルとも言える。

アイドルに認知されるために年間100本あるイベントに通い、金と時間をつぎ込み「おまいつ」と呼ばれるようになる。

おまいつって「お前いつもいるな」の略語で、ライブやイベントに毎回参加する熱狂的なファンの事だ。

しかしおまいつ認定されるにはとにかく時間と金がかかる。(普段何してるんだろね)

ノリちんがドルオタは苦行僧だと自嘲するのもわかるのである。

彼は会社員だが、ドルオタ活動が忙しくて会社の人とは仕事以外のつきあいはまったくなかった。

あやかをいくら推しても手が届きそうで絶対に届かないのがアイドルだから、好きになればなるほど虚しくなってきて、もうドルオタを辞めようかとまで思うのだった。

ひろたんに比べるとドルオタ歴も短い彼はまだ自分を客観的に見る事ができる。

が、こんな気持ち悪い男たちに愛されるとは、アイドルってなんて因果な仕事なんだ!

 

そんな柿沢あやかは最近なんだか元気がなかった。

彼女はアイドルとしてのスランプに陥ってたのだ。

ライブ後にプロデューサーから「今日のライブなんだよ!全然気持ち入ってねえじゃねえか!!」とか怒られてる。

「客の方が盛り上がって勢いあったじゃねーか」と皮肉られても「だって客の方が人数多いし・・」とか言い訳をする。

プロデューサーは「だったら全員敵と思って殺す気で行ってこいよ」とあやかを発奮させようと過激な物言いをするのだった。

実はあやかは瑞葉という他のメンバーが気になってしょうがなかった。

歌も下手だしあんな子のどこがいいんだろうと思うのに、瑞葉には着実にファンも増えてるし勢いがあってプロデューサーからも贔屓されてる気がして面白くなかった。

アイドルつっても深夜のコンビニで値引きされた弁当を購入してあやかはアパートに帰る。

一人でコンビニの半額弁当を食いながら泣いてしまう。

 

翌日あやかは思い詰めてプロデューサーに、瑞葉ばかりひいきして耐えられないからヘルパーを辞めると言ってしまう。

するとプロデューサーは慰留してくれるかと思ったら「辞めたきゃ辞めればいい」と素っ気ない。

 

アイドルは人のためにやってるんじゃない。

自分のためだ。

おまえは自分のすべてを出し切ったか。

自分の居場所は自分で築け。

 

全国におよそ3000組くらい(?)いるって言われてる地下アイドルグループ。

そのプロデューサーってどことなく胡散臭く見えるけど、この人の言葉は厳しく熱い。

思うに地下アイドルは案外簡単になれるから、最初こそ刺激もあってやりがいも感じるんだろうけど、彼女のように慣れが出て来るとモチベーションが維持できなくなるんだろうね。

あやかのような若い女の子は飽きっぽい。

プロデューサーも大変なんだね。

 

さてその頃、ひろたんとノリちんはあやかに近づく接触厨のオカモトに、もう会場に来るなと必死に抗議していた。

接触厨とは、握手会で握手したりツーショットの撮影会で肩を組むとかアイドルと肉体的な接触をする事に積極的なファンの事である。

ファンの在り方も様々で、ファン同士仲良くすればいいと思うけど、ライブ中は後ろの方でろくに見もしないで、チェキ撮影の時だけあやかに馴れ馴れしいオカモトが二人はウザかったのである。

オカモトはヘルパーのメンバーは客の払ったチェキ代の7割が収入源なんだと言い出す。まあ大抵は食っていけないからバイトしてるもんね。

しかもオカモトは二人と違いイケメンだった。

弱ってるアイドルにすり寄って騙すヤリチン(そんな人いるんだ・・・)だという黒い噂の人物だった。

オカモトは「お前らはアイドルの処女を信じてひたすら大金をつぎ込むが、アイドルに自分の理想や都合を押し付けて、相手がどう思ってるかなんて考えた事がない」と言う。

「自分の話ばかりして、お前らの押し付けに疲れたアイドルに優しくしてやってるだけだ」と、必死に応援してきた二人を蔑む言葉に何も言い返せないのだった。

 

ところがここで意外な展開が。

ひろたんがノリちんとオカモトを自宅に連れてくのだ。

そこは一軒家だったけどFXで稼ぎまくってると言うにはあまりに汚く、やっぱそんなの嘘だった(そんな事だろうと思ったわい)

親が死んで遺産が2千万入ったけどドルオタ活動でほとんど使い果たしてしまい、家は今競売にかけられ立ち退きを迫られていたのである。

「自分の人生を振り返ると何もない。だからせめて一生懸命頑張ってる女の子を応援したいんだ。夢が覚めたらどうやって生きてけばいい!?あやかは希望そのものだ!汚さないでくれ!!」

と頼み込むひろたんにノリちんは涙ぐんでしまい、オカモトは「お前本格的にキモイな」と言い放つ。

うん、あっしも同感ではありますが、ドルオタってアイドルをそんな風に思ってるのね。

「気持ち悪い人間にも好きって言える資格があるのがドルオタだ!アイドルの旬は短くて儚いからおれはその一瞬に自分の全人生を捧げる!」

 

そしてライブ当日。

凄いコールで湧いて凄い熱量のなか、あやかは上履きのままステージから客席に踏み出し自分のすべてを出し切ろうとする。

それに答えるように皆が懸命に彼女の足を支える。

なんの共通点も見いだせないと思ったドルオタだけど、このライブ描写には感動させられちゃう真鍋昌平の力量よ。

アガペーとはよくつけたもので、アガペーは無償の愛である。

しかしながら、一人よがりの執着は行き過ぎたら破滅だ。

彼女たちが愛想を振りまくのはアイドルの仕事なんだから、超えてはいけないラインを越えて、執着の沼にハマるのは常軌を逸している。

けれど作者は人生の落伍者となってゆくドルオタを「闇金ウシジマくん」と同様に、冷徹に描写しながらもどこか温かい目線があるのである。